2010年2月8日月曜日

大丈夫じゃなかった

大事なパソコンが・・・
色々メンテナンスをしてもらったにもかかわらず、
ホントに起き上がらなくなってしまいました。
何年も無事に過ごしてきただけに、
がっくりしています。
一週間ほど入院させなくてはいけません。
入院費用もバカにはなりません。

というわけで、
しばらくこのブログもお休みを挟みながらになります。
常日頃からこの独り言にお付き合いくださっている皆様には
申し訳ありませんが、
よろしくお願いいたします。

2010年2月7日日曜日

パソコンエラー復旧

昨日はパソコンの電源を入れてすぐにブルーのエラー画面が登場。
全く使うことができませんでした。

弟君にすっかり直してもらいました。
もう大丈夫だそうです。
持つべきは優しい弟だなぁ。
感謝です。

2010年2月5日金曜日

風邪連発

お正月明けにお腹に来た風邪が治ってしばらく、
またしてもお腹しくしく風邪になってしまいました。
免疫効果は無かったのでしょうか。

再びお医者さんでお腹風邪用のお薬をいただいて、
これでよし・・・と思っていたら、
今度は喉風邪がやってきました。

一体どこでかかってしまうのでしょう。
うがいも手洗いもきちんとしています。
湯冷めしないように、すぐに布団にもぐりこんでいます。

お熱で寝込んでしまうほどでないので、
まだまだ平気な方ですが、
早く暖かくなってほしいものです。

2010年2月4日木曜日

「オチビサン」を読んでいます

「オチビサン」①② 安野モヨコ著 朝日新聞出版

毎週日曜日、朝日新聞で読んでいます。
とっても色使いがきれいで、
時々の風物を下敷きとしている、
とても楽しい漫画です。

オチビサンもナゼニもパンくいも
ユーモラスで面白く可愛い。
シンプルな筋立ても、
考えるという前に、感じることを主にしていて、
気楽に楽しめます。

安野さんは人気漫画家として活躍されていますが、
今は事情でこれだけを連載されているようです。
あちらこちらで見かける安野さんの代表作からは
同じ作家であることが想像できませんでした。

時間も空間ももうずっと前に忘れ去られたような雰囲気の設定ですが、
そう感じられるのきっと和の色彩のせいでしょう。
懐かしさを感じられるほんわかとした世界は
漫画ならではのものだと思います。

2010年2月3日水曜日

今日は節分です

2月3日、明日の立春を前にした節分です。
季節ごとに節分はあるわけですが、
どうしてこの立春の前の日を特に重要視するのでしょうか?

わかりません。
寒さが厳しいからでしょうか。

鬼退治、厄除けのための豆まきはしましたか?
豆は炒った大豆ですか、それとも落花生?
いわしの頭を飾りましたか?
七福を表す七種の具が入った巻き寿司は食べましたか?
今年は西南西を向いて食するのだそうです。

厄除けや縁起ものは所によって様々で、
その由来を紐解いてみるととても面白いですね。

縁起よく、本日ユルスナール「空間の旅・時間の旅」を読了いたしました。
また追って感想を述べさせていただきますね。

ふたたび寒さが厳しくなっています。
皆様お風邪など召されぬようになさってください。

2010年2月2日火曜日

止めるといいことあるのかな

某人気経済評論家によると、
“ねたみ”
“うらみ”
“ぼやき”
この3つを止めましょう、
いずれも何の得もありません。
とのことです。

確かに前向きで明るい気持ちの良い人は、
この3つと縁が無さそうです。

ポジティヴに憧れつつ、
ネガティヴを内包している人に同情しながら、
凡人が考えるのは、
“ねたみ”も“うらみ”も“ぼやき”も
人間の一種のパーソナリティだということです。

2010年2月1日月曜日

心の中のサリンジャー

2010年1月27日、「ライ麦畑でつかまえて」で知られる
J.D.サリンジャーが亡くなりました。

サリンジャーとの出会いは「フラニーとゾーイー」でした。
何を読んでいいのかわからなくて、
手当たりしだいに選んでいた高校生の頃のことです。
大人の世界をまだ知らなかったものですから、
悩むフラニーさえ、大人びて見えました。
フラニーの苦しさを理解する兄のゾーイーの存在が、
力強く感じられたものです。
今になっても、色褪せない光景。
フラニーもゾーイーも必ず次の地点に脱すると感じられるところが、
希望に満ちていて、好きでした。

その点「ライ麦畑」のホールデンは、
大人になるのを拒否しているように感じられて、
一度読んだきりになりました。

しばらくの間、フラニー達グラース家にまつわる小説を追いかけて読み、
2,3年は他の作家の本をほとんど読みませんでした。
ちょっと中毒みたいになっていたのでしょう。
そのくせ、読み砕くことができなくて、
持て余していたところもあります。

持て余すという意味では、
サリンジャー自身、登場人物たちをどう扱うべきか
悩んでいたのかもしれません。
サリンジャーはきっと答えなど持っていなかったのだと、
思っています。
答えが無く、隠遁してしまったということも、
不思議ではないような気がします。