木曜日からぐっと疲れが出ています。
自慢そうに書いているところがへんですね。
いえ、身体がどーんと重く、
頭がじわ~んと痛く、
本を開いても読む気がしない。
そろそろ期末・期初の疲れが出てきたのでしょうか。
ひたすら眠りたいと思い、
昨夜はいつも以上に早く床につきました。
でも、今日もなかなか起きられず、
テンションも低いままです。
できることは、眠ることだけです。
頭を休ませる、このビョーキになってから、
脳がすべてをつかさどるということが実感できるようになりました。
頭をリラックスさせるために、
身体もリラックスさせてあげましょう。
会社でのお昼休みは、
電話対応をしなければならないので、
義務ではないのですが、
仕事をしながら、ごはんを食べるという感じで、
休憩時間があまりありません。
本来は出かけて、リフレッシュを奨励する方です。
明日はまたまた雨で出かけにくいですね。
いつものルールに反して、
出かけてリフレッシュするほうが、
自分のためにはいいのでしょうか。
仕事を気にしながら出かけるのも、気がひけます。
傘をさして出かけて、リフレッシュするのが、
一種のセラピーになるのなら、
そのほうがいいでしょうね。
2015年4月12日日曜日
考えなくてよい本
気晴らしに読み続けている「フィフティ・シェイズ」シリーズ。
何回読んでも、気分は上がるけれど、心には染み込んでこない。
とても重要なシーンをじっくり読んでみること数回。
でも、気持ちを揺さぶられるほどにはならなくて、
心はフラットなまま。
それには秘密があるのです。
この小説は主人公アナスタシアの一人称で書かれていますが、
すべての言動において、アナスタシアが自己分析をしているのです。
アナスタシアが理解を深めていく過程おいて必要な描写と
されているわけですが、読者が入り込む余地がありません。
そして、読者が考える必要もないのです。
よって、意味深い会話や描写もあり、
いくつもの重要なエピソードもあるのですが、
読者はそれらを与えられるだけに終わります。
日頃、考えることが必要な本を好んで読んでいるので、
このフラットな感覚にはかえって奇妙な気がしましたが、
こういう本の方が一般的には読みやすいのでしょう。
アナスタシアのお相手のフィフティことクリスチャンの、
人間的解放がこの本の大きなテーマでもあります。
このあたりをじっくりと読んで自分なりの解答を得たかったのですが、
これについても、書かれていること以外知ることはできません。
アナスタシアがすべて考え、理解していくことが、
書かれてしまわれているので。
ある意味、ゆとりのある本でなければ、
自分なりに考える必要はなく、
楽な読書を楽しむことができるともいえます。
でももう一歩踏み込みたい、いつもの癖が、
もわもわとざわめいています。
何回読んでも、気分は上がるけれど、心には染み込んでこない。
とても重要なシーンをじっくり読んでみること数回。
でも、気持ちを揺さぶられるほどにはならなくて、
心はフラットなまま。
それには秘密があるのです。
この小説は主人公アナスタシアの一人称で書かれていますが、
すべての言動において、アナスタシアが自己分析をしているのです。
アナスタシアが理解を深めていく過程おいて必要な描写と
されているわけですが、読者が入り込む余地がありません。
そして、読者が考える必要もないのです。
よって、意味深い会話や描写もあり、
いくつもの重要なエピソードもあるのですが、
読者はそれらを与えられるだけに終わります。
日頃、考えることが必要な本を好んで読んでいるので、
このフラットな感覚にはかえって奇妙な気がしましたが、
こういう本の方が一般的には読みやすいのでしょう。
アナスタシアのお相手のフィフティことクリスチャンの、
人間的解放がこの本の大きなテーマでもあります。
このあたりをじっくりと読んで自分なりの解答を得たかったのですが、
これについても、書かれていること以外知ることはできません。
アナスタシアがすべて考え、理解していくことが、
書かれてしまわれているので。
ある意味、ゆとりのある本でなければ、
自分なりに考える必要はなく、
楽な読書を楽しむことができるともいえます。
でももう一歩踏み込みたい、いつもの癖が、
もわもわとざわめいています。
2015年4月8日水曜日
雨のち晴れ
それにしても寒さが堪えますね。
ところによっては、雪が降ったとか。
お庭のチューリップも震えています。
もう白い山吹が咲いていますし、
カモミールも蕾が付いています。
冬と春が混在しているようです。
今日は何も予定が無く、
気分がゆったりとしたところです。
何となく春を満喫したい気持ちがむくむく。
昔なら春物を買いに出かけていたかもしれません。
軽い素材の白や紺の服が欲しいです。
ボトムはタックの入ったクロップドがぴったりのはずですが、
入らないので、やっぱり無理ですか。
お休みはゴールデンウィークまでおあずけですね。
今から楽しみにしています。
何をするというわけでもないのですが。
「フィフティ・シェイズ」にはまっているうちに、
すっかりプルーストを忘れてしまっています。
今年のノルマをこなせるでしょうか。
しばらく仕事で頭がいっぱいの間は、
読みやすく集中しやすく気分転換になる「フィフティ・シェイズ」に
頼っていようと思っています。
考えごともしなければいけません。
一つの方法として、
助けになりそうな本を選んで読んでいます。
発想の転換も必要なところにいるのだと思うので、
何かいい手段はないかな?
私のサイズにあった、よい方法は?
さらには、望みをかなえる方法があるでしょうか?
ところによっては、雪が降ったとか。
お庭のチューリップも震えています。
もう白い山吹が咲いていますし、
カモミールも蕾が付いています。
冬と春が混在しているようです。
今日は何も予定が無く、
気分がゆったりとしたところです。
何となく春を満喫したい気持ちがむくむく。
昔なら春物を買いに出かけていたかもしれません。
軽い素材の白や紺の服が欲しいです。
ボトムはタックの入ったクロップドがぴったりのはずですが、
入らないので、やっぱり無理ですか。
お休みはゴールデンウィークまでおあずけですね。
今から楽しみにしています。
何をするというわけでもないのですが。
「フィフティ・シェイズ」にはまっているうちに、
すっかりプルーストを忘れてしまっています。
今年のノルマをこなせるでしょうか。
しばらく仕事で頭がいっぱいの間は、
読みやすく集中しやすく気分転換になる「フィフティ・シェイズ」に
頼っていようと思っています。
考えごともしなければいけません。
一つの方法として、
助けになりそうな本を選んで読んでいます。
発想の転換も必要なところにいるのだと思うので、
何かいい手段はないかな?
私のサイズにあった、よい方法は?
さらには、望みをかなえる方法があるでしょうか?
2015年4月7日火曜日
訪れた死
去る4月2日、
ポルトガルの映画監督マノエル・ド・オリベイラ氏が亡くなられました。
享年106歳。
いつまでもメガホンを執っておられることに、
感嘆の念を抱いていました。
もう、信じられないくらいの御歳なのに、
ずっと映画に寄り添い、
惑わされることなく、ご自身の作品を撮られていました。
新作が出るたびに、驚きも感じていました。
観たことがあるのは、
「家路」と「永遠の語らい」の2本のみ。
欧州映画の王道を行く映画であり、
現代性も瑞々しさも繊細さも兼ね備えており、
人間の重みを感じさせる作品には、
とても感激したのでした。
感情を自然に取り込んだ表現には、
親しみやすさもありました。
もう新作を観ることはできないけれど、
膨大な作品の数々に、オリベイラ氏が込めた想いを、
私たちは永遠に手放すことはないでしょう。
合掌。
ポルトガルの映画監督マノエル・ド・オリベイラ氏が亡くなられました。
享年106歳。
いつまでもメガホンを執っておられることに、
感嘆の念を抱いていました。
もう、信じられないくらいの御歳なのに、
ずっと映画に寄り添い、
惑わされることなく、ご自身の作品を撮られていました。
新作が出るたびに、驚きも感じていました。
観たことがあるのは、
「家路」と「永遠の語らい」の2本のみ。
欧州映画の王道を行く映画であり、
現代性も瑞々しさも繊細さも兼ね備えており、
人間の重みを感じさせる作品には、
とても感激したのでした。
感情を自然に取り込んだ表現には、
親しみやすさもありました。
もう新作を観ることはできないけれど、
膨大な作品の数々に、オリベイラ氏が込めた想いを、
私たちは永遠に手放すことはないでしょう。
合掌。
2015年4月6日月曜日
2015年4月3日金曜日
「ミラノ 霧の風景」と私
初めて須賀敦子さんの「ミラノ 霧の風景」を読んだのは、
24,5歳の頃。
当時イタリアに留学しようとしていた知人に、
読んでみたけれど、よくわからなかった、と話した覚えがあります。
確かに、この須賀さんという人はいったいどういう人なのだろう?
この本にはどういう意味が含められているのだろう?
母とも同じように話していました。
今から考えると天から降ってきたような本でした。
あれから、何度繰り返し読んだことでしょう。
書かれたことをそのまま読んでみたり、
想像しながら読んでみたり、
いつも味わい深い文章に包み込まれるようにして、
身体を預けるようにして読んでいました。
2冊目の「コルシア書店の仲間たち」が出て、
ああ、須賀さんにはこのような仲間たちがいたのだ、
このようにイタリアで過ごしていたのだ、と
少しだけわかったような気がしました。
それからいくつかの本が発表され、
須賀さんが亡くなった後にも、
須賀さんの軌跡を追う本が出るに至り、
私たちは須賀さんの多くを知ることができたように思います。
敬虔なクリスチャンであった須賀さん。
神を信じるものたちの集まり。
その中でも須賀さんはひとところに落ち着いてしまうことなく、
思考錯誤をしながら、生きておられたと思われます。
イタリアで過ごされた日々の大切な時間と仲間。
それは須賀さんにとってどれほど人生の支えとなったことでしょうか。
そこからさらに前に進もうとしていた須賀さん。
その姿をいつも尊敬のまなざしで仰いでいます。
昨日の日経新聞夕刊のプロムナードで、
批評家の若松英輔さんが須賀さんについて書かれていました。
“須賀について書くとは、「霧の向こうの世界」にいる人々への
手紙になっていったのだった。”
「ミラノ 霧の風景」を読むと、
須賀さんが初めて自分を表現されたからでしょうか、
想いを抑制しながら書かれているような感じがします。
こんな言葉は実は説明不要です。
須賀さんを読んできた人にはきっとわかることだと思います。
ただ、読むだけで涙が滲んでくる。
初めて読んでから20年以上経ち、
今読むと、切ない気持ちが心の中を流れていきます。
24,5歳の頃。
当時イタリアに留学しようとしていた知人に、
読んでみたけれど、よくわからなかった、と話した覚えがあります。
確かに、この須賀さんという人はいったいどういう人なのだろう?
この本にはどういう意味が含められているのだろう?
母とも同じように話していました。
今から考えると天から降ってきたような本でした。
あれから、何度繰り返し読んだことでしょう。
書かれたことをそのまま読んでみたり、
想像しながら読んでみたり、
いつも味わい深い文章に包み込まれるようにして、
身体を預けるようにして読んでいました。
2冊目の「コルシア書店の仲間たち」が出て、
ああ、須賀さんにはこのような仲間たちがいたのだ、
このようにイタリアで過ごしていたのだ、と
少しだけわかったような気がしました。
それからいくつかの本が発表され、
須賀さんが亡くなった後にも、
須賀さんの軌跡を追う本が出るに至り、
私たちは須賀さんの多くを知ることができたように思います。
敬虔なクリスチャンであった須賀さん。
神を信じるものたちの集まり。
その中でも須賀さんはひとところに落ち着いてしまうことなく、
思考錯誤をしながら、生きておられたと思われます。
イタリアで過ごされた日々の大切な時間と仲間。
それは須賀さんにとってどれほど人生の支えとなったことでしょうか。
そこからさらに前に進もうとしていた須賀さん。
その姿をいつも尊敬のまなざしで仰いでいます。
昨日の日経新聞夕刊のプロムナードで、
批評家の若松英輔さんが須賀さんについて書かれていました。
“須賀について書くとは、「霧の向こうの世界」にいる人々への
手紙になっていったのだった。”
「ミラノ 霧の風景」を読むと、
須賀さんが初めて自分を表現されたからでしょうか、
想いを抑制しながら書かれているような感じがします。
こんな言葉は実は説明不要です。
須賀さんを読んできた人にはきっとわかることだと思います。
ただ、読むだけで涙が滲んでくる。
初めて読んでから20年以上経ち、
今読むと、切ない気持ちが心の中を流れていきます。
2015年4月1日水曜日
夕暮れにかすむ桜色
今日は時雨れていましたが、
昨日は八分咲きの桜が美しい日でした。
陽が傾きかけて薄暗くなりだした時間に見る桜は、
とても美しい。
儚げで、たおやかで、ひとときの美しさでこの世を飾っている。
しっかりと考えごとを詰めないといけないのに、
今日も疲れが残っていて、
一日ぼんやりとしていました。
身体が動かないのは困るので、
こういう時にはドリンク剤を一本。
チョコラBBの小さな瓶を愛飲しています。
明日から新しいシーズンが始まります。
様子をみながら、どのように仕事を進めればよいのか、
見極めていくことになるでしょう。
会社がらみのことに翻弄されてしまうと、
まったく自分のペースを見失ってしまうので、
そういうときにも本を一ページでも読むのが大切なところです。
なんでも良いから、読みやすい本を読む。
すると、今度は自分自身の考えごとが後回しになってしまい、
いつまでたっても進歩がない、という繰り返しです。
自分のことを考えるための時間を作らねばなりません。
流されるままになってしまうと、
後悔するのは自分自身です。
昨日は八分咲きの桜が美しい日でした。
陽が傾きかけて薄暗くなりだした時間に見る桜は、
とても美しい。
儚げで、たおやかで、ひとときの美しさでこの世を飾っている。
しっかりと考えごとを詰めないといけないのに、
今日も疲れが残っていて、
一日ぼんやりとしていました。
身体が動かないのは困るので、
こういう時にはドリンク剤を一本。
チョコラBBの小さな瓶を愛飲しています。
明日から新しいシーズンが始まります。
様子をみながら、どのように仕事を進めればよいのか、
見極めていくことになるでしょう。
会社がらみのことに翻弄されてしまうと、
まったく自分のペースを見失ってしまうので、
そういうときにも本を一ページでも読むのが大切なところです。
なんでも良いから、読みやすい本を読む。
すると、今度は自分自身の考えごとが後回しになってしまい、
いつまでたっても進歩がない、という繰り返しです。
自分のことを考えるための時間を作らねばなりません。
流されるままになってしまうと、
後悔するのは自分自身です。
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