FMラジオを聴いていたら
「真冬物語」がかかっていました。
うん?この声はキリンジだ。
曲は前から知っていましたが、
美しい歌声に反応して調べてみて納得。
堀込泰行(キリンジ) 畠山美由紀 ハナレグミの
コラボレーションでした。
綺麗なメロディーはユーミンが作曲です。
キリンジを毎日聴いていますが、
キリンジについてはほとんど全く知らないのでした。
ほとんどのヴォーカルを担当するという弟の
堀込泰行さん。
実にいい声をされています。
キリンジは曲も多様だし、
歌詞がユニークで楽しいし、
(歌詞はお兄さんの堀込高樹さん担当だそうです)
3拍子揃っていますね。
歌声が好きなのは、
他に秦基博やペリドッツ(タカハシコウキのソロユニット)。
なぜかハイトーンボイスの人が多いですね。
そのキリンジ、この春に弟さんが脱退するそうです。
ソロ(馬の骨)でされるのだと思うのですが、
キリンジはどうなるんでしょう。
ここしばらく少しずつキリンジのアルバムをインポートしていて、
残りはあと2枚となりました。
どれも豊かな楽曲ばかりで楽しいから、
いずれCDを揃えたいなぁと思っています。
2013年1月27日日曜日
今、雪が降っています
今夜9時ごろから雪が降り出しました。
気温が低いからか、しっかりと積もっています。
明日の朝はバスがちゃんと動くか、少々心配です。
寒かったけれど、陽射しが差して気持がよかった今日は、
月一のカットに出かけました。
大阪に行くことがめったとないので、
大好きな大丸の中をウィンドーショッピング。
綺麗なものがたくさんあって、
目にするだけでも楽しかったです。
不思議と手に入れたいという欲望より、
昔から百貨店を見て回るのが好きです。
うろうろと怪しい女のようです。
先週からめずらしく村上春樹の本を読んでいます。
村上春樹の長編はまったく理解不能ですが、
短編やノンフィクションは読んでいてとても面白いです。
なぜ長編が苦手なのかは不明。
残念ながら、世界観がまったく共有できません。
今読んでいるのは「レキシントンの幽霊」、ずいぶん前の作品です。
うまさに舌を巻いています。
最近の作品も読んでみようかと思わされています。
気温が低いからか、しっかりと積もっています。
明日の朝はバスがちゃんと動くか、少々心配です。
寒かったけれど、陽射しが差して気持がよかった今日は、
月一のカットに出かけました。
大阪に行くことがめったとないので、
大好きな大丸の中をウィンドーショッピング。
綺麗なものがたくさんあって、
目にするだけでも楽しかったです。
不思議と手に入れたいという欲望より、
昔から百貨店を見て回るのが好きです。
うろうろと怪しい女のようです。
先週からめずらしく村上春樹の本を読んでいます。
村上春樹の長編はまったく理解不能ですが、
短編やノンフィクションは読んでいてとても面白いです。
なぜ長編が苦手なのかは不明。
残念ながら、世界観がまったく共有できません。
今読んでいるのは「レキシントンの幽霊」、ずいぶん前の作品です。
うまさに舌を巻いています。
最近の作品も読んでみようかと思わされています。
2013年1月26日土曜日
今冬一番の寒さと山焼きと蝋梅
昨日から冷たい突風が吹き荒れています。
今年一番の寒気だそうです。
明日朝は底冷えでしょう。
いつまで続くのか・・・
なんて、心配しなくても、
季節は少しずつ動いていますね。
暦の上では、今日は1月第4土曜日で、
奈良は若草山の山焼きがあったようです。
残念ながら、
今年はちらりとも見ることができませんでした。
春への第一歩という感じの行事です。
庭では蝋梅が咲き始めました。
とても香しく、姿も品があります。
自然の動きも着実に春へと向かっています。
自分もしっかり歩かなくてはいけません。
とりあえず、仕事も読書も勉強もぽちぽちです。
今週は久しぶりに頭がどーんとダウンしたので、
様子を見ながら、すこぉしずつ進めています。
正直に言うとだいぶ焦っているのですが、
気合をいれたところで、
急に元気な人間になるわけでもないので、
マイペースを貫こうと思っています。
2013年1月23日水曜日
入江春行先生のこと
昨日の日経新聞に入江春行先生が与謝野晶子にまつわる事柄を
集めた冊子を編まれているといういきさつが掲載されていました。
入江先生は与謝野晶子の研究者として、
長く活躍されている方です。
もう大変なお歳かと思われますが、
今もなお晶子の足跡を辿り、晶子を慕う人々の声を集めておられると知り、
かつて先生に教わった頼りない生徒として、
昔のことを思い出した次第です。
私が学生の頃のことですから、20年以上前のことです。
土曜日の午後の授業とあって、学生が集まらず、
たった3人で入江先生の講義を受けました。
与謝野晶子研究という内容でしたが、
主に作品研究というより、晶子のことを何も知らない生徒に、
若き頃の晶子の生き方について、
誠実な態度を持って、根気よく、丁寧に講義くださいました。
それはそれはとても熱い語り口で、
与謝野晶子という女性がどれほど才能と叡智と行動力に優れていたかと
いうことを教えてくださったのです。
当方3人の生徒は、ただ聞き入るばかりでしたが、
晶子の生き方については感心させられることが多く、
驚かされました。
学年末にはレポートの発表がありました。
3人の生徒はいい加減にするわけにもいかず、
それなりにレポート作成をしたと記憶していますが、
専門で勉強したわけでもないので、たいしたことはなかったでしょう。
いつも熱く晶子を語っていた入江先生、
不真面目ではないけれど、ぼんやりと授業を受けていた素人学生との時間を
どのように思われていたのでしょうか。
今は懐かしい思い出となりましたが、
入江先生が今もご健在で、変わらず晶子研究をされていることを、
嬉しく思って新聞を読んだのでした。
集めた冊子を編まれているといういきさつが掲載されていました。
入江先生は与謝野晶子の研究者として、
長く活躍されている方です。
もう大変なお歳かと思われますが、
今もなお晶子の足跡を辿り、晶子を慕う人々の声を集めておられると知り、
かつて先生に教わった頼りない生徒として、
昔のことを思い出した次第です。
私が学生の頃のことですから、20年以上前のことです。
土曜日の午後の授業とあって、学生が集まらず、
たった3人で入江先生の講義を受けました。
与謝野晶子研究という内容でしたが、
主に作品研究というより、晶子のことを何も知らない生徒に、
若き頃の晶子の生き方について、
誠実な態度を持って、根気よく、丁寧に講義くださいました。
それはそれはとても熱い語り口で、
与謝野晶子という女性がどれほど才能と叡智と行動力に優れていたかと
いうことを教えてくださったのです。
当方3人の生徒は、ただ聞き入るばかりでしたが、
晶子の生き方については感心させられることが多く、
驚かされました。
学年末にはレポートの発表がありました。
3人の生徒はいい加減にするわけにもいかず、
それなりにレポート作成をしたと記憶していますが、
専門で勉強したわけでもないので、たいしたことはなかったでしょう。
いつも熱く晶子を語っていた入江先生、
不真面目ではないけれど、ぼんやりと授業を受けていた素人学生との時間を
どのように思われていたのでしょうか。
今は懐かしい思い出となりましたが、
入江先生が今もご健在で、変わらず晶子研究をされていることを、
嬉しく思って新聞を読んだのでした。
2013年1月20日日曜日
日曜日は風邪ひきの日
先週の日曜日はお腹の風邪。
今日は気管支の風邪。
胸が苦しいです。
昨日から咳がつまって苦しかったのでした。
毎日市販の風邪薬ばかり飲んでごまかしているのも、
問題あり。
ここらで、お医者さんにきちんと診てもらって、
根本的に治そうと思います。
ここのところとても冷えますね。
一年で一番寒い時期にさしかかりました。
カイロも常備です。
皆様、ご自愛くださいませ。
今日は気管支の風邪。
胸が苦しいです。
昨日から咳がつまって苦しかったのでした。
毎日市販の風邪薬ばかり飲んでごまかしているのも、
問題あり。
ここらで、お医者さんにきちんと診てもらって、
根本的に治そうと思います。
ここのところとても冷えますね。
一年で一番寒い時期にさしかかりました。
カイロも常備です。
皆様、ご自愛くださいませ。
「エクソフォニー」
「エクソフォニー」 多和田葉子著 岩波現代文庫
この本には副題として“母語の外へ出る旅”とあります。
単行本が出たときには、その副題を見て、
難しそうな印象を受けたのですが、
読み始めてみると、言語や文学等に関しての素人でも十分楽しめる内容でした。
多和田さんはそのあたりも考慮されていたのだと思います。
第一部は“ダカール”に始まり、“ベルリン”、“ロサンジェルス”と、
世界中へ訪れたときの経験をもとに、言語について考えられた内容となっています。
出会った人から思いがけない言葉をかけられたり、
アイデアをもらったり、演劇やワークショップで経験されたことがきっかけとなり、
どんどんと考えが膨らんでいく様子は、
多和田さんの小説と似た様相です。
どこへ行くのかわからない、それは読み手次第といった風。
小説家としての活動が幅広いことにも驚かされます。
世界では様々なアイデアが実現しているのだと、頼もしく感じられます。
それは小説家以外にも、文学や芸術の世界に影響を与えるだけでなく、
ほんとうのグローバルな世界が広がっていく現実の姿があるのでした。
第二部では“ドイツ語の冒険”と題して、
ドイツ語と日本語両方で小説を書くことから発見される、
言葉の面白さが具体的に書かれています。
単純に言葉遊びとして読んでも面白いです。
ドイツ語の特徴として、言葉と言葉がくっついて、別の意味の言葉になるという話。
昔、知人のBちゃんがドイツ語を勉強していたとき、「おかしな言葉があるよ」と
話していたことを思い出しました。
そういえば、ケストナーやミヒャエル・エンデをよく読んでいたころ、固有名詞の音に
特徴があって、あまりロマンティックじゃないなぁなどと思ったものでした。
どの言語をとっても母語は初めに身に着けた言葉だから、身体に馴染んで離れない。
後に知った言語は人によって理由が様々で、どのように身に着けるか人によって
違うような気がします。その人自身の中でそれらの言葉が融合して、思いがけない
発想が生まれてきたりする。そういうケースが多和田さんのような気がするのでした。
この本には副題として“母語の外へ出る旅”とあります。
単行本が出たときには、その副題を見て、
難しそうな印象を受けたのですが、
読み始めてみると、言語や文学等に関しての素人でも十分楽しめる内容でした。
多和田さんはそのあたりも考慮されていたのだと思います。
第一部は“ダカール”に始まり、“ベルリン”、“ロサンジェルス”と、
世界中へ訪れたときの経験をもとに、言語について考えられた内容となっています。
出会った人から思いがけない言葉をかけられたり、
アイデアをもらったり、演劇やワークショップで経験されたことがきっかけとなり、
どんどんと考えが膨らんでいく様子は、
多和田さんの小説と似た様相です。
どこへ行くのかわからない、それは読み手次第といった風。
小説家としての活動が幅広いことにも驚かされます。
世界では様々なアイデアが実現しているのだと、頼もしく感じられます。
それは小説家以外にも、文学や芸術の世界に影響を与えるだけでなく、
ほんとうのグローバルな世界が広がっていく現実の姿があるのでした。
第二部では“ドイツ語の冒険”と題して、
ドイツ語と日本語両方で小説を書くことから発見される、
言葉の面白さが具体的に書かれています。
単純に言葉遊びとして読んでも面白いです。
ドイツ語の特徴として、言葉と言葉がくっついて、別の意味の言葉になるという話。
昔、知人のBちゃんがドイツ語を勉強していたとき、「おかしな言葉があるよ」と
話していたことを思い出しました。
そういえば、ケストナーやミヒャエル・エンデをよく読んでいたころ、固有名詞の音に
特徴があって、あまりロマンティックじゃないなぁなどと思ったものでした。
どの言語をとっても母語は初めに身に着けた言葉だから、身体に馴染んで離れない。
後に知った言語は人によって理由が様々で、どのように身に着けるか人によって
違うような気がします。その人自身の中でそれらの言葉が融合して、思いがけない
発想が生まれてきたりする。そういうケースが多和田さんのような気がするのでした。
新年会でした
先日新しく兼任配属になった部署で新年会がありました。
その部署の上司もお二人が新任で来られたばかりで、
少人数で顔合わせの飲み会をしましょうということだったのです。
ありがたくお声をかけていただいたので、
出席させていただきました。
まったく違う仕事に従事されている方々ばかりで、
仕事の深い話にはなかなかついていけません。
幸いにも興味のある分野ではあるので、
新鮮な気分で聞いておりました。
どの部署にも、どの人にも悩みはつきものですね。
それでも達成感を味わうことのできる仕事なので、
その分晴れ晴れとした気分があるのではないかと推測していました。
私のもともとの部署はなかなか厳しい仕事です。
達成感どころか、モチベーションを維持するのが難しい仕事。
そのあたりメンバーの体調や仕事の状況などを心配するのも、
私の仕事の一部のようなものなのです。
二つの部署を眺めながら、
世の中にはもっと厳しい状況、仕事があるという事実も踏まえ、
仕事で靴底で踏みにじまれるようなことだけは、
人間の尊厳だけは守られてほしいと願うのでした。
その部署の上司もお二人が新任で来られたばかりで、
少人数で顔合わせの飲み会をしましょうということだったのです。
ありがたくお声をかけていただいたので、
出席させていただきました。
まったく違う仕事に従事されている方々ばかりで、
仕事の深い話にはなかなかついていけません。
幸いにも興味のある分野ではあるので、
新鮮な気分で聞いておりました。
どの部署にも、どの人にも悩みはつきものですね。
それでも達成感を味わうことのできる仕事なので、
その分晴れ晴れとした気分があるのではないかと推測していました。
私のもともとの部署はなかなか厳しい仕事です。
達成感どころか、モチベーションを維持するのが難しい仕事。
そのあたりメンバーの体調や仕事の状況などを心配するのも、
私の仕事の一部のようなものなのです。
二つの部署を眺めながら、
世の中にはもっと厳しい状況、仕事があるという事実も踏まえ、
仕事で靴底で踏みにじまれるようなことだけは、
人間の尊厳だけは守られてほしいと願うのでした。
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