2012年12月5日水曜日

スローペースで

恐ろしくゆっくりとしたペースでプルーストを読んでいます。

5巻目では、
主人公一家がゲルマント家の一角のアパルトモンに
引っ越しをしたところから始まります。

祖母の体調が思わしくなく、
バルベックで再会した古い友人のヴィルパリジ夫人のとりなしで、
あのゲルマントの世界に一気に近づいたのです。

家事をとりしきっているフランソワーズは家政婦ということに
なるでしょうが、彼女を描写することで、
フランソワーズ自身の人間性と、
新しい住まいをとりまく環境を描写しています。
フランソワーズも一筋縄ではいかぬ性格のようで、
さすが自尊心が高い。

視点はそこからゆっくりとスライドしていき、
ゲルマント侯爵、そして憧れのゲルマント侯爵夫人へと移っていきます。
客観的にとらえようとしながらも、
以前コンブレーで抱いたゲルマントに対する幻想が根底にあり、
そのあたりを織り交ぜています。
まだ、近づくまでには至りません。

そして、上流社会を描きながら、
ラ・ベルマの「フェードル」の上演へ出かけた際の様子を
スケッチしています。

そのラ・ベルマは主人公のかつての憧れの女優で、
あまりにも夢想が飛躍していたためか、
初めて観たときには、かえってショックを受けたことがありました。
今回はそのときのことを踏まえて、
また新たなリフレッシュした心境で観劇したようです。

好ましく興味深い対象を前にするとき、
しっかりと客観的に観ることでその本質を掴もうと焦るあまりに、
本来その対象がもつ魅力が見えなくなってしまう。
初めて観たときには、このように多くの事柄を求めすぎて、
返って“こんなはずじゃなかった”ということは、
誰しも経験があると思います。
自分の心を掴んでいるイメージを鮮明にしたい、
そんな欲望があるのだと思います。

自分の読書や音楽を聴くときのことを思い出すと、
プルーストがこんこんと説いていることに、
妙に納得してしまいました。

対象に接するときには、
複眼的にトータルに見ることも必要なのですね。

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