「オープン・シティ」 テジュ・コール著 小磯洋光訳 新潮クレスト・ブックス
この本のことを、書き手のことを、何も知らずに読む、
それがいいような気がします。
まっさらな気持ちで、ページを開き、
小説の中に入り込んでいく、
主人公とともに、足を運ぶ。
それがぴったりです。
場所はニューヨークです。
ですから、ニューヨーク特有の特徴が描かれています。
街を歩き、考え、想いを馳せる、
それがこの小説の主な形態です。
主人公は精神科の医者なので、
病院や患者のことも描かれますが、
それ以外のこと、例えば雁の渡りについて、愛聴するクラシック音楽について、
隣人について、街の様子について、人種について、育った土地について、
両親についても、敬愛する先生について語るときも、
ほぼ同じ距離を保っています。
淡々と語られるところが、穏やかでもあり、冷ややかでもあり。
冷ややかと思わせるのは、作者の筆致だけではないでしょう。
重いテーマが繰り返し表層に現れてくるので、
あえて、そのように抑えるようコントロールされているようにも感じます。
とはいえ、冷たい人間というわけではありません。
温かい心を持っているからこそ、理解できる苦しみというのがありますが、
あえて、大声を出さないようにしているようです。
仕事柄だけではなく、読書も好む人間のようです。
歴史や哲学・思想にも精通しており、
自身の考えに照らし合わせるだけでなく、
会話の中にも引用できるだけの知識を備えているのでした。
旅先では、ささやかなアバンチュールもあり、
人間らしいぬくもりを求めるところも。
以前に読んだ小編「シルバーベルク変奏曲」では、
穏やかに、心理や世界観を深く掘り下げる部分が特徴だと思いましたが、
それが全編に行き渡っています。
全体としては、
不条理な生への苦しさを背負う哀しみ、を語っている、
と言ってよいかと思います。
そうなると、読者の好みにより読みづらくなってしまうのですが、
もう一つのこの小説の特徴は、
一人の個人が現代社会の特徴を網羅しているというところにあります。
その点においては、独りよがりにならず、
都会に生きる成人男性の気持ちを代弁しているようでもあります。
個人的に、
このようにじっくりと読むにふさわしい本との出会いこそが、
読書の喜びであると思うところです。
この作家には、いろいろなテーマで書いて欲しいですね。
どのような形で書き表されるか、関心を隠せないでいます。
素晴らしい作家、作品として、推させていただきます。
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