2012年9月17日月曜日
紫色のミント
秋に入るとこの紫がかった色のミントが庭を埋め尽くします。
ハーブらしい優しげな色でとてもきれいです。
これは20数年前にブーケとしていただいた中に入っていたのが、
根が出たので、庭に植えると相性がよかったのか、
どんどんと増えたのです。
ミントは根が張るのですぐ増えますが、
これは葉もきれいで、緑に紫が映えて、ほのぼのとします。
昨日と今日は連休でしたが、
何の予定も入れず、ゆっくりとしていました。
お天気は不安定で、昼間はすごく暑いけれど、
夕方の空は秋口の遠い雲。
いつもながらほとんど寝ていたのです。
ちょっとだけ「ふしぎなキリスト教」を読んだり、
新聞やら雑誌やらを切り抜いた大切な書類たちを整理したりしていました。
この書類というか切り抜きをチェックするのは重要な仕事です。
忘れかけていたことや、役に立つノウハウが書かれていたり、
心に残るインタビューがあったり、
見落とした映画評が出てきたりして、とても楽しい時間です。
もちろん素敵なモードの写真も残してあります。うっとり。
今は連休の最後の仕事としてパスタ用のトマトソースを煮込んでいる最中。
これからお鍋の様子を見に行ってきます。
2012年9月16日日曜日
豊祝へ
西大寺のエキナカにある日本酒の蔵元直営の「豊祝」へ、
以前からお世話になっているT課長とご一緒しました。
西大寺のエキナカがちょうど3周年ということで、
すごい賑わいです。
「豊祝」も人の出入りが多く、入れるかどうか心配しましたが、
ちょうど手前の2人コーナーが空いたところで、グッドタイミング。
まず大吟醸で乾杯。
きりりとした切れ味と柔らかな味わいが美味しいです。
やっぱり日本酒が美味しい。
立ち呑みなので、どういうピッチがいいのかわからないまま、
ちびちびと飲み続け、付きだしを頂き、
また一品物もお願いします。
T課長とはしばらくぶりなのですが、
話は最初からトップスピードです。
仕事の話から、個人的な話まで、話題がつきることはありません。
T課長の頭の鋭さとユーモアとで、
盛り上がり、大笑いばかりしていました。
お酒が入るとほんとに心の扉が開くという感じですね。
2杯目は吟醸を頂きました。
こちらはとっても好みの豊かな味わい。
美味しいお酒と楽しい会話に、
時間の過ぎるのがあっという間でした。
お店を出るころには、足元も空を踏んでいるようで、
ふわり、ふわり。
気分もふわり、ふわり、のんきなものです。
とても美味しく、楽しい時間を過ごすことができました。
T課長、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
2012年9月12日水曜日
「カラーひよことコーヒー豆」
「カラーひよことコーヒー豆」 小川洋子著 小学館文庫
しばらく前に小川洋子さんの「人質の朗読会」が出て評判となりましたが、
そのときには“文庫になるまで待とう”と固く誓ったのであります。
ところが、店頭に「最果てアーケード」が並び、
続いて「とにかく散歩いたしましょう」が続くと、
まるで小川さんに“私は次々と書いていますよ、読んでくださいね”と
言われているような気になってきました。
そこへ3年前に単行本で刊行された本が文庫化されて、
小川さん欠乏症になっていた私は大喜びであります。
速攻で読んでしまいました。
そんなに慌てて読むにはもったいなく、
いつもながら小川さんの文章には優しいお人柄がそのまま現れています。
これほどの愛情って感じたことはあるかしらん、
と不思議に感じてしまう自分が問題なのでしょうか。
そしてもう一点は、小川さんが死者のことを常に考えておられるということが、
死者とはあまり接点の無いつもりの自分には不思議です。
小川さんは本文にもあるように背後になにか背負っておられるのでしょう。
きっと死者というか、あの世の人々と心理交流ができるのです。
それでいて、おかしなくらい普通っぽい感覚もお持ちなので、
うーん、霊も取りつく人を選んでいるのかな、と思ったりします。
いやいや、そんなことを言っては失礼でしょう。
小川さんはご自分の世界観をしっかりお持ちですものね。
この本を読んでますます小川さんの作品が読みたくなってきました。
最新作を買ってしまうのも時間の問題かもしれません。
2012年9月9日日曜日
初秋の気配
日中は暑いですが、
夕暮れ時は薄暗くなって、ほどよく風がなびき、
秋らしさを感じるようになりました。
気がついたら蝉も鳴き終わり、
フクロウの夜の声が再び聞こえる時期です。
夏を過ごした後はほっとするというか、
一抹の寂しさを感じるというところでしょうか。
秋に向けて自然と気持を切り替えるようになっています。
秋冬にふさわしい本を読もうということです。
現在はベストセラーになっている「ふしぎなキリスト教」を読んでいます。
当たり前だと思っていたことが実は深い理由があったりすることを知ったり、
目から鱗という話があったりと、興味深々です。
知らないことが多い分、驚かされることも多く、
なかなかスムーズに進みません。
対談形式がとられていますが、聞き手の大澤真幸、説明役の橋爪大三郎の
どちらも知識が深く、困難な課題を噛み砕いて表現されています。
それにまた感心させられ、畏れるほどです。
この入りやすいようで、難しい本を読み終えたら、
またキリスト教について書かれた本を読みたくなることでしょう。
次はどういう方向に向かっていくことになるのか、
自分でも不明です。
プルーストの5巻目も待機していることですし、
季節にぴったりのミステリも準備してあります。
楽しみです。
今日は東京JAZZの最終日で、
ゆっくりとFMで生放送を堪能しました。
ファンクな感じのグループも楽しかったし、
オーソドックスなタイプもよかったし、
ライブへ行くのは苦手だけど、オーディエンスとの一体感が感じられて、
生き生きとした演奏が聴けるのはとっても楽しいですね。
2012年9月5日水曜日
白磁を飾る青~東洋陶磁美術館へ
大阪市立東洋陶磁美術館へ出かけてきました。
今、「白磁を飾る青」と題して朝鮮時代の青花白磁展が開催されています。
こちらは大阪市の中央に位置する中の島にあり、
こじんまりとした静かなたたずまいの美術館です。
とても好きなところで、若い頃から度々訪れていますが、
このたびは久々とあって、わくわく、胸が高まります。
企画展は上記のように朝鮮の青花が40点ほど展示されていました。
同じ青花でも朝鮮のものは、中国のものと比べて柔らかな姿をし、
さりげない筆致で描かれているように思われます。
そして、古伊万里に通じるところがあるような気がしました。
とても親しみやすい感じです。
青花白磁は青磁や白磁など数多くある陶磁器の中で、
最も惹かれます。
今回もポスターを見て速攻行くことに決めました。
このポスターがなかなかお洒落だったのです。
この企画展をじっくり眺めてから、常設展へ移動します。
そこには、大好きな朝鮮青磁の水滴が2体あるのです。
可愛い童子の姿をしたこの水滴を観るのが楽しみの一つです。
他、大振りの中国青花白磁、青磁などに圧倒されたり、
日本の各地の焼き物をじっくり眺めたり(乾山等もあります)、
国宝の油滴天目茶碗をしげしげと見つめたりして、
(曜変天目茶碗のように内側に宇宙は見つかりませんでした。)
ひととおりぐるりと回って終了であります。
なぜ陶器が好きなのかよく自分でもわかりませんが、
なんだか充実した気分になるのです。
丁寧に作られたものは、自然とその良さがわかります。
とはいえ、ほとんどは好みと感覚で観ているのですが。
絵画の美術展に行くのとはまた違った楽しみ方ができたように思えます。
青花のなじみ深い感じがよかったのでしょうか。
2012年9月2日日曜日
ロバート・グラスパー・エクスペリメント「ブラック・レディオ」
ここしばらくのお気に入りは
Robert Glasper Experimentの「BLACK RADIO」です。
とくに “ Afro Blue (Feat. Erykah Badu)”が素敵。
柔らかなボーカルがリズムに乗せて優しく歌い、
ラストでフルートが囁くところなどはとても美しい。
ぜひ聴いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=3-0JZlrk4xA&feature=related
最近ではマイルスやブラッド・メルドーくらいしか聴きませんが、
ジャズというジャンルは実に多様でソウルフルで自由で、
心がのびのびとします。
前述のフルートを聴いていたら、
エリック・ドルフィーが聴きたくなってきました。
ずいぶん前に名盤といわれる作品を色々と聴いてみたことがあります。
でもそれはまだまだあまっちょろい時分のこと。
今くらいのおばさんになったら、
もう少し味わい深いところが楽しめるように思い、
またオーソドックスなところから聴いてみようかな、と考えています。
「プルーストを読む」
「プルーストを読む」 鈴木道彦著 集英社新書
この本の副題は“『失われた時を求めて』の世界”とあります。
内容は目次を挙げてみてみましょう。
第一章 プルーストの位置
第二章 虚構の自伝
第三章 初めにコンブレーありき
第四章 憧れのゲルマント公爵夫人または想像力と知覚
第五章 フォーブル・サン=ジェルマン
第六章 社交界とスノブたち
第七章 スワンまたは世紀末のユダヤ人
第八章 シャルリュス男爵または孤高の倒錯者
第九章 アルベルチーヌまたは不可能な愛
第十章 芸術の創造と魂の交流
終章 読書について
目次に目をとおしていただくと、すっかりお分かりかと思います。
プルーストの研究者にして、訳者がプルーストを未読である人にも
わかりやすく、この作品についてすっかりポイントを絞って、
解説されているのです。
第七章くらいまでは、これまでの読書を通じて、
“あのことを指しているのだなぁ”と思い出されますし、
プルーストの懇切丁寧な筆致からも、
思わせぶりだったことを察知することができます。
この目次に挙げられることは、其々が独立しているわけではなく、
この本全体に通底していることなので、
大きく取り上げてもこれだけのテーマが盛り込まれているというわけです。
それだけに読むことが難しくもあり、読み応えがあるともいえるでしょう。
プルーストの生きた19世紀末から20世紀初頭のパリを中心に書かれた
作品ですから、この時代に馴染めない人もおられるかもしれません。
しかし、この作品を読めばわかるのですが、
少なくとも人間を描くことと、芸術の在り方や社会の在り様については、
これほど普遍性を含んだ大作はなかなかお目にかかることはできないと、
現代に生きる私も圧倒されながらページを繰っています。
筋が逸れてしまいましたが、この鈴木さんの本は、
単なる入門編には終わっていません。
その普遍性がいかに描かれているかを説明されています。
ちょっとした手品のように上手く表現されているので、
これはこの「プルーストを読む」を読んでいただいて、
プルーストを読むことの充実性が、読書そのものに直結していることを、
知ることができるでしょう。
このような良い手引きの本があるからこそ、なおさら読書が楽しみになります。
難しい批評や解読はプロにお願いしているようなものです。
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