2013年4月29日月曜日

GWの最初の終わり


あいかわらず下手な写真ですが、
我慢をお願いいたします。
これは山吹。

GW最初の2連休が終わってしまったけれど、
この2日でずいぶんと気分が楽になりました。
実際に身体も楽になって、
2日目の今日は爆睡しないですみました。

で、今日は本の整理をがっちりと。
在庫の本をチェックするたびに、考えが変わっていて、
大事においていたはずの本がもう必要なくなったりしています。
またまた段ボール一箱になりました。

そうです、段捨離という言葉が一世風靡しましたが、
片付ける、捨てることが大好きです。
身の回りをできる限りそぎ落として、スリムになりたい・・・
ええ、もちろん身体もですが、
そちらは思うようにいきません。

具体的には、古く読んだフランス文学はもう再読しないだろうと、
そして、思想・哲学の本は必要になったら、
またチョイスしたほうがいいだろうとの判断をしました。

もう泉下に入られた方の本はできるだけ置いておく。
悩んでいるのはヨーロッパの中世美術関係の本です。
あまり多くはないのですが、
写真が入っている本は見ているだけでも美しいので、
夢のために手元にあるのです。

本って魔力がありますね。
あまりにも様々な形態・内容・ジャンルにわたっているのですから、
仕方がないかもしれません。

「ことり」


「ことり」 小川洋子著 朝日新聞出版

雑誌等の連載ではなく、書き下ろしということもあってか、
全体のバランスが絶妙によい作品です。
もちろんいつもの小川さんの気持ちを丁寧に扱った描写や、
身体の動き、しぐさ、それらがことりにまで移っているかのような、
やさしさが溢れる作品です。

やさしさだけではない、現実のもつ厳しさを冷静に綴っているのも
小川さんの特徴でしょう。

読み出しの部分ではなかなかわかりませんが、
読んでいくと、いくつものエピソードが主人公に深く刻み込まれて、
名もない主人公の気持ちに寄り添っていくことができます。
そして、始まりの部分に戻って、
ああ、そういうことだったのか、と納得がいくのも、
読者としてはとても安心できる内容になっています。

いくつものエピソードも思いがけないことばかりだし、
アイデアが奇想天外なのですが、
何故か小川さんが言葉にすると自然に感じられるから不思議です。

小川さんだけが紡ぐことのできる他には無い世界。
これが小川さんを読む理由になるのです。

2013年4月28日日曜日

GWはじまり、はじまり~♪



ゴールデンウィーク初日はとてもよいお天気で気持がよかったですね。
明日もお休みだと気が緩んでしまいます。

冬物の片付けもしたいし、本の整理もしたいし、
雑誌の切り抜きもしたいし、本のメモも執りたいし、
もちろん本も読みたいし、何からやろうかな。
やっぱり掃除かな。
おちおちしていると、すぐ埃っぽくなってしまいますね。

家の人にフランクル関係の本を3冊も借りてしまいました。
これはまた大変だ。
「夜と霧」さえ読んでいないというのに。
読む時期が来たということでしょうか。

私にはまだプルーストが半分も残っています。
さっさと読むにはもったいなく、
だらだら読むには集中力が続かず、
でもなぜかプルーストに親近感を感じられるので、
のんびり読み続けていたい気持ちがあります。

とりあえずこのGWには、
「短編コレクションⅡ」と堀江さんの「余りの風」を読むことにしましょう。

2013年4月25日木曜日

広島・前田智、新たな試練

今日は野球の話。

先日23日広島対ヤクルト戦で、
広島の代打として前田選手が打席に立ったのですが、
ピッチャー(江村投手)が投げた球が前田選手の手首に直撃。
恐ろしい感触だったのだと思います、前田選手は激高。
ピッチャーに向かっていき、場内が騒然となりました。

検査の結果、骨折であることがわかり、
今日25日に手術を受けたそうです。
復帰できるのは3か月以降になるそうです。

引き上げるときに野村監督に「長い間お世話になりました」と、
言ったということですが、
引退を考えてもおかしくない状態だったのでしょう。

前田選手は若い頃にアキレス腱断裂を経験しており、
長い間苦しみながらも、打席に立つことに執念を絶やしませんでした。
その姿をずっと応援してきたので、
今回のケガはものすごくショックです。

代打でもいいから、できるだけ長く前田選手の集中力と緊迫感に溢れる姿、
天才と言われるバッティングを見続けたい。

再び訪れた試練をもう一度乗り越えてほしい。
ファンの願いは一つだけです。

2013年4月24日水曜日

雨の水曜日

今日は一日静かなしとしと雨ですね。
奈良弁では“しびしび”っていうところでしょうか。

あっという間に庭は緑一色です。
ほとんどが雑草です。
強いなぁ雑草。

昨日久しぶりに本屋さんへ出かけました。
文庫化を待っていた絲山秋子のセネガル滞在記が出ていたのですが、
一軒目の寄った紀伊国屋の本の置き方に不満が勃発したので、
その時には買いませんでした。
二軒目にはなじみのジュンク堂へ。
ところが例の本が品切れ。
シュンとしてしまい、他の本も買うのを止めてしまいました。

読んでみたい本はたくさん見つけましたよ。
ヨハン・テリオンのミステリの第三弾(ハヤカワ・ポケミス)が出ていましたし、
ヨーゼフ・ロートの大好きな「聖なる酔っ払いの伝説」が出ていました。
ウンベルト・エーコの小説講義も気になるし、
ナボコフの小説講義も気になるし、
おまけに辻原登の小説講義も出ていて、
どれも目を通してみたい!
カロッサの自叙伝的小説も4冊も出ていて、とても気になります。

それにお勉強中のジャンルの本もぼちぼち手に取ってチェック。
これからしっかり読まないといけなくなってくる・・・本格的にやるとするなら。
専門の本は値が張るので、計画的に進めないといけませんね。

読みたいとずっと思ってきた思想・哲学の本は、
もしかしたら読む余裕は一生無いかもしれません。
読みだしていたシモーヌ・ヴェイユ「ギリシアの泉」も断念してしまったし。
シモーヌの「神を待ちのぞむ」が読みたいので、
その一冊はいつか読めるようにしたいものです。
そして憧れのミシェル・フーコー。
たぶん自分の能力では理解不能。
その日はやってこないかもしれない。。。

それに今は先日読んだパヴェーゼが読みたくてたまりません。
一種の病気みたいなものですね。

プルーストは7巻目「ソドムとゴモラ」に入りましたが、
ちょっとだらしなく読んでいる感じがあるので、
めりはりをつけるために、
しばらく休憩することにしました。

とりあえずは読みかけの「短編コレクションⅡ」と「余りの風」、
持ち歩く文庫は何にしようかな、ガルガンチュアかな。
本のことを考えている時が楽しいのでした。

2013年4月23日火曜日

待ち時間の読書

今日は月に一度の通院日。
数時間待ち時間があるので、
読書にぴったりです。

お勉強を2クール終えたので、
楽しみにしていた小川洋子さんの「ことり」を読みました。
小川さんの小説にはいつも感心させられます。
どうしてこう次々と色々な題材で書けるのでしょうか。
そしてまたすごく上手い。
あまりに感心したので、
比較してみようと思い「妊娠カレンダー」を続いて読んでみました。
「博士」以前の作品はほとんど未読なのです。
基本の感覚とテーマは変わらないけれど、
文章がちょっと違うようです。
最近の作品は文章がとてもこなれた感じがします。
やはり上達されるのですね。
なんて生意気なことを考えてしまいました。

よし、次のクールを終えたら、
「最果てアーケード」を読もう。
もう文庫になるまで待っていられません。

2013年4月21日日曜日

「失われた時を求めて 6」“ゲルマント家の方へⅡ”


この巻は、前巻末尾で生命が危ぶまれた祖母を看取るシーンから始まります。
苦しむ祖母をとりまきながら、出入りする人々。
非情なまでの描写によって、最も愛する人の一人である祖母の臨終を、
書き込んでいるような気がしてなりません。

その後に続くのはバルベックで知り合った少女アルベルチーヌの訪問です。
すっかり女性らしくなっている彼女は、とても親密な様子を見せます。
このシーンはわずかですが、今後の布石となるのでしょう。

そして憧れのステルマリア夫人との晩餐を振られ、悲しむ“私”を慰める
友人サン=ルーの登場。
ここでサン=ルーがどのようにゲルマント的かその優美さ、尊大さ、
それは何故、どのようにか、分析されています。

サン=ルーによってゲルマント的であることの重要さをほのめかされてから、
この巻の中心となるゲルマント侯爵の晩餐会が開催され多くのページが
割かれています。
招かれた人々の紹介から、その人のエピソード、その性格などが、
長々と続き、ゲルマント侯爵、その夫人の社交界における特異な位置が
説明されるのです。
だれそれの系図、どこそこの王、王妃、侯爵、男爵・・・
特に侯爵夫人オリヤーヌがどのようにエスプリがあって(皮肉で)、
社交界人としての知識と、人間関係と、趣味のセンスがあるかと、
織り込んで書かれているので、読んでいるのも少々面倒でありました。
でも“私”はすっかりゲルマント侯爵夫妻に気に入られたようです。
“私”の様子はあまりわからないのですが、ブルジョワとはいえ、
洗練されたセンスがあるのでしょうね。

そのすぐ後にシャルリュス男爵を訪ねる約束がありました。
が、ひどくご機嫌が悪く、ひねくれて、高飛車で、とにかくプライドがお高くて、
さすがの“私”も感情をむき出しにしてしまいます。
そこはシャルリュス、手練手管で自分のペースに戻してしまいます。
手ごわい男です。今のところ“私”がお気に入りのようですね。

ラストではゲルマント大公夫人からの招待を、
まじめに受け取っていいものか迷う“私”がゲルマント侯爵夫妻を訪ねています。
そこへ久しぶりに登場したスワン氏。
すっかり様子が変わっており、もう以前のような社交界での伊達男とは、
異なっていることが知れます。
その上、もう命が長くはないと医者に宣告されたと告げています。
そんなスワンをあっさりとかわして、ゲルマント侯爵夫妻は晩餐会にでかけていく、
非情なシーンです。

ゲルマント家の人々と知り合い、社交界に出入りするようになった“私”。
まだ若いので、好奇心というものが前にあるのかもしれません。
子供のころからの憧れであったゲルマントという名と人々。

あまりに現代社会と異なることもあって、
想像がついていきません。
単なる生まれの良い金持ちの暇人としか受け取れず、
それが一体人間の何の価値なのか今のところわかりません。
センスは良くても、絵画を観る眼もないし、
上流階級の人間関係だけに終始していて、
自分の生き残る位置だけを確保しようとやっきになっている人々。
お金持ちでもこんな人生は大変ですね。