「失われた時を求めて1」“スワン家のほうへⅠ”
マルセル・プルースト著 鈴木道彦訳 集英社文庫
とうとう「失われた時を求めて」を読み始めました。
昔からいつの日か時がきたら読もうと思っていましたが、
そろそろ読んでもいいお年頃かと予定をたて、
数年かけて読む予定でいます。
毎日数頁ずつ少しずつ読んでいます。
冒頭「長いあいだ、私は早く寝るのだった。」
早速ここで考え込みます。
かつて長い間“早く寝ていた”のか、
長い間“早く寝る”習慣があるのか。
続く文章で今現在の寝てからの習慣が描かれていることから、
そうか、“早く寝る”習慣だな、と思うのですが、
浅い眠りに入ろうとするときに、
ふと昔の子供時代のことを回想し始めることを考慮すると、
これは今と昔をリンクさせた表現なのでしょう。
と思いつつ、原文も見ておくと勉強になるかしれません。
昔コンブレーで過ごした子供時代に
そのままシフトしてゆき、
そのころの出来事、習慣、様子、
人々の描写が回想されていきます。
文章が長いことが特徴ということですが、
訳文がこなれているおかげか、
あまり苦にはなりません。
優しい感じと豊かな雰囲気と、
柔らかなうっとりとするような空気がとりまいています。
時折訪れるスワン氏との交遊を、
今の視点で解きほぐしてスワン氏がどういう人物であったのか、
まずフレームだけが解説されています。
そのスワン氏が来たある晩のこと、
ママンのおやすみのキスを受けられず、
ベッドの中で耐えられず、
つい甘えて泣いてしまう主人公。
父の許しがあり、ママンと休むことができたとき、
“明日になればふたたび苦悩が始まり、
ママンはここにいてくれないだろう。
けれどもいったん鎮まってしまうと私には
その苦悩が分からなくなっていた。
・・・なぜなら苦悩は私の意志の力の及ばぬものであり、
その苦悩を用意に避けられるもののように見せるのは、
まだ次の苦悩と私とを引き離しているこの間隔だけで
あったから。”
苦悩はやはりやってくる。
それが遠いもののように見せるのは時間だけである。
その繰り返しが人生のようでもあります。
苦悩だけでなく喜びもあるのですが、
それはまるで天からの贈り物のように気まぐれだったりします。
そんなことを思い出させてくれるのが、
厳しい内容の本ではなく、
このセピア色の語り口の本であるのが嬉しいのでした。
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