2011年3月20日日曜日

観るべきか否か

毎日東日本大地震関連のニュースを読みつづけていると、
ようやく被害状況が明らかにされてきており、
復旧に向けての活動が行われたり、
救助活動が続けられていたり、
寄付・募金活動が活発に行われていたり、
少しずつ前に進んでいることを知ることができます。
避難生活をされている方々が、
健康に新たな生活が営めるようになるまで、
まだまだ応援が必要ですね。
ささやかではありますが、
いくつか募金することで応援に参加したいと思っています。

会社とお家を行ったり来たりの日々を続けていると、
当然のことながら息抜きがしたくなります。
年初にDVD再生機能が故障して、
今年は映画館に出かけることにしようと決めました。
もともと映画館は大好きなところです。
照明を落として薄暗い中、スクリーンに身を沈める時間は、
とても贅沢なひとときです。
映画が始まるまでのドキドキ感はなんとも言えないものです。
今年に入って、「しあわせの雨傘」「リッキー」「ヒアアフター」と
3本楽しみましたが、今悩んでいるのは「英国王のスピーチ」を
観るべきか、ということ。
野崎歓氏が新聞で絶賛されていたこともあり、
観に行くことにしていましたが、予告編を観てみると、
作為的な感じが露骨に出ていて、ちょっと不満です。
それより、大好きなキアロスタミの新作「トスカーナの贋作」の方が
いいかしらん。
迷ったときはアクションを起こさないという決まりを作っているのです。
さて、今回はどうしましょうか。

2011年3月16日水曜日

落ち着かない

東日本大地震で被災された方々の様子を見る度、
苦しい気持ちに襲われます。
家族を失われた方々も多く、
家や仕事場等帰るべき所を失われた人々も
何万人といらっしゃると思います。
落ち着かないといって、そわそわとしているだけでは、
何にもならないのです。

各国、各地からも救援隊が駆けつけてこられて、
情報を共有しながら、救助にあたっておられます。
ほんとうにありがたいことです。

同時に緊急に対応が必要なのは、
原子力発電所の事態でしょう。
これは人間が作り上げたものです。
どうにか対処しなくてはいけません。
気を揉みながらニュースを見ているばかりです。

今おかれた立場で精一杯生きるということしかできない自分に、
傍観者というレッテルを貼り、
ただただ、無事を祈るばかりです。
そして、命を失われた方々のご冥福をお祈りいたします。

2011年3月13日日曜日

新聞の役割

今回の大地震について、
TVではリアルタイムの情報が映像とともに放送されて、
現地の状況が視覚的に確認できます。
ほとんどの情報がTVで収集できると思います。

新聞では、大きくまとめた情報を遅れながらもまとめて
発信されています。
ここで、紙面にしかできない情報を載せていただきたいと考えます。
今の時点で、どの街、どの区域がどのような状況にあるかということ、
どの組織がどの街へどのような対応をし始めているか、
海からの対応はどの位置からどのようにされているか、
原発の現在状況、
また、停電などライフラインの状況を、
すべて地図や表を伴ってわかりやすく提示してほしいのです。

広範囲に渡っている今回の被害について、
どこから手をつけていてよいのかわからないほどかと思いますが、
捜索や救助、復旧に向かって動いている様子は、
TVだけでは把握できません。
紙面の特性を活かして、情報をまんべんなく流していただければと思います。

2011年3月12日土曜日

節電・・・申し訳ありません

関西電力によると、
関西電力より東北電力へ電力の供給を始めたということです。
ですので、各家庭で使用する電気もなるべく控えて、
節電に努めてほしいとのことです。

ケチなので普段からマメに電気等消していますが、
さらに気をつけたいと思います。

※上記の情報はデマだったのでしょうか・・・
 関西電力のHPでは、以下のように、特に節電の必要は無いとしています。
 申し訳ありません。

『当社はお客さまへの安定供給を維持した上で、11日夕方から、
 電力各社と協力しながら最大限可能な範囲で電気の融通 を行っております。

 平素より皆さまには省エネ・節電にご協力を頂いておりますが、
 今のところ、お客さまに更なる特別な節電をお願いするような状況にはございません。』

2011年3月11日金曜日

東北地方太平洋沖地震

東北で観測至上最大の地震が発生。

映像を見ているだけでも恐ろしい。
津波があっという間に押し寄せて、
家や車を飲み込んでいく様子には、
息を呑んでしまいました。

どうやって夜を過ごされるのでしょう。
食べるものはあるでしょうか。
余震が続いているので、
恐怖も心配も不安もつのっておられると思います。

関東圏でも交通手段が途絶えているそうで、
帰宅するのも困難なようです。

政府を始めとする関係機関が対応を迅速に行い、
人々も助け合わなければいけません。

子供たちはみんなお家に帰れたのか、
気になってしかたがありません。

2011年3月9日水曜日

「失われた時を求めて1」“スワン家のほうへⅠ”

「失われた時を求めて1」“スワン家のほうへⅠ”
マルセル・プルースト著 鈴木道彦訳 集英社文庫

とうとう「失われた時を求めて」を読み始めました。
昔からいつの日か時がきたら読もうと思っていましたが、
そろそろ読んでもいいお年頃かと予定をたて、
数年かけて読む予定でいます。

毎日数頁ずつ少しずつ読んでいます。

冒頭「長いあいだ、私は早く寝るのだった。」
早速ここで考え込みます。
かつて長い間“早く寝ていた”のか、
長い間“早く寝る”習慣があるのか。
続く文章で今現在の寝てからの習慣が描かれていることから、
そうか、“早く寝る”習慣だな、と思うのですが、
浅い眠りに入ろうとするときに、
ふと昔の子供時代のことを回想し始めることを考慮すると、
これは今と昔をリンクさせた表現なのでしょう。
と思いつつ、原文も見ておくと勉強になるかしれません。

昔コンブレーで過ごした子供時代に
そのままシフトしてゆき、
そのころの出来事、習慣、様子、
人々の描写が回想されていきます。
文章が長いことが特徴ということですが、
訳文がこなれているおかげか、
あまり苦にはなりません。
優しい感じと豊かな雰囲気と、
柔らかなうっとりとするような空気がとりまいています。

時折訪れるスワン氏との交遊を、
今の視点で解きほぐしてスワン氏がどういう人物であったのか、
まずフレームだけが解説されています。

そのスワン氏が来たある晩のこと、
ママンのおやすみのキスを受けられず、
ベッドの中で耐えられず、
つい甘えて泣いてしまう主人公。
父の許しがあり、ママンと休むことができたとき、

“明日になればふたたび苦悩が始まり、
 ママンはここにいてくれないだろう。
 けれどもいったん鎮まってしまうと私には
 その苦悩が分からなくなっていた。
 ・・・なぜなら苦悩は私の意志の力の及ばぬものであり、
 その苦悩を用意に避けられるもののように見せるのは、
 まだ次の苦悩と私とを引き離しているこの間隔だけで
 あったから。”

苦悩はやはりやってくる。
それが遠いもののように見せるのは時間だけである。
その繰り返しが人生のようでもあります。
苦悩だけでなく喜びもあるのですが、
それはまるで天からの贈り物のように気まぐれだったりします。

そんなことを思い出させてくれるのが、
厳しい内容の本ではなく、
このセピア色の語り口の本であるのが嬉しいのでした。

2011年3月2日水曜日

近頃のニュース

ここのところ気になるのは、
やはりニュージーランド地震の救出の状況でしょう。
一週間を過ぎているけれど、
まだまだ時間がかかりそうで、
被害状況もよくわからない。
日本から留学されていたのは、
若い方が中心なので、
志半ばの方々を失うことは、
とても心が痛みます。

世界的に大きなニュースとしては、
中東のデモに発する民主化活動でしょう。
チュニジア、エジプトに続いて、
バーレーンやリビアも。
SNSの利用により情報が伝達しやすく、
デモの勢力が一気に拡大することや、
軍勢力が反政府軍に反転することなども、
大きな特徴ですね。
ただリビアではカダフィの権力がまだしっかりとしているようで、
国連を始め各国が動き出しています。
戦争に発展しないことをひたすら祈ります。

国会も民主党もどうなることか、
距離を置いて傍観していることが、
いいのか悪いのか、
社会情勢をみているだけでもはらはらするのに、
この上に天災まで起きるとは、
厳しいことばかりです。