2連休明けの出勤、清々しくて、気持ちが良いものです。
さて今日は午前中から月一回の職場の会議。
皆の仕事状況をヒアリングし、職場の懸案事項を検討します。
これまで私は不参加だったのですが、
新しいK課長が参加してくださいとのことで、
毎月出席しております。
色々な状況がわかって、とても重要な会議です。
もう少し時間があったらいいのにな、と思います。
情報共有のための、職場新聞を作りたいくらいです。
午後は外注先の事務担当Iさんが大阪からお出でくださいました。
じっくり4時間打ち合わせです。
これまでの業務の見直しがかなりあったので、
それを踏まえて事務作業のやりとりを紙の上で確認していきました。
とっても細やかでほがらかなIさんは話をすいすいと理解してくださって、
打ち合わせもすいすい。
話題はあちらこちらに飛んで、とっても充実した時間でありました。
Iさん、遠くまでありがとうございました。
今日はデスクワークがほぼできなかったので、
明日、明後日に分けて、コツコツ片付けていこうと思います。
お部屋に飾った一輪の白い薔薇・・・アイスバーグがとても綺麗です。
2015年11月4日水曜日
気持のよい秋の日
陽が差してくると、暖かな空気が入ってきて、
気持よくなります。
相変わらず すぅすぅと寝ておりました。
水曜日の定番、パスタ作りはだいぶコツがつかめてきまして、
3年もかかってようやくか、と感じています。
自分のイメージどおりに作り上げるのは、
なかなか難しいですね。
以前はマニュアル付きで料理をしていたので、
かえってミスがあまりありませんでした。
パスタは勘で作っているので、なかなか要領を得なかった。
その分、具材が変わったりしても、対応できるようになり、
違うパスタにトライしてみたくなったり、と、
応用が広がってきました。
使ってみたいのはドライトマトです。
これで、深みのある味をだしてみたいです。
今日は「長くつしたのピッピ」を読んでおりました。
リンドグレーンの代表作ですね。
もうピッピ、最高です。素敵。
リンドグレーンは子供のころにやかまし村シリーズとカッレ君シリーズ
を読んでいたのですが、その他は少年文庫になっていなかったので、
読んでいませんでした。
この本を貸してくれた母は、これから児童書を色々と読んでみたいの、
と申しております。素晴らしい傾向です。私も一緒に読みましょう。
楽しい読書が一番ですね!
気持よくなります。
相変わらず すぅすぅと寝ておりました。
水曜日の定番、パスタ作りはだいぶコツがつかめてきまして、
3年もかかってようやくか、と感じています。
自分のイメージどおりに作り上げるのは、
なかなか難しいですね。
以前はマニュアル付きで料理をしていたので、
かえってミスがあまりありませんでした。
パスタは勘で作っているので、なかなか要領を得なかった。
その分、具材が変わったりしても、対応できるようになり、
違うパスタにトライしてみたくなったり、と、
応用が広がってきました。
使ってみたいのはドライトマトです。
これで、深みのある味をだしてみたいです。
今日は「長くつしたのピッピ」を読んでおりました。
リンドグレーンの代表作ですね。
もうピッピ、最高です。素敵。
リンドグレーンは子供のころにやかまし村シリーズとカッレ君シリーズ
を読んでいたのですが、その他は少年文庫になっていなかったので、
読んでいませんでした。
この本を貸してくれた母は、これから児童書を色々と読んでみたいの、
と申しております。素晴らしい傾向です。私も一緒に読みましょう。
楽しい読書が一番ですね!
「伝説の洋画家たち 二科100年展」
「伝説の洋画家たち 二科100年展」 大阪市立美術館
二科展という名はよく聞くけれど、よくわからない。
で、あまり関心がなかった今回の展覧会でしたが、
日経新聞夕刊に高階絵里加さんが総評を書かれていたのを読み、
行くことに即決、閉展の前日に飛び込んだのです。
大正3年、官展である文展に対し、立ち上げられたのが二科展。
自由な新しい画風を求める芸術家たちが集まったとあります。
今回では主だった画家の作品が集められています。
その点数なんと132点に及びます。
著名な画家には、岸田劉生、藤田嗣治、小出楢重、東郷青児、
岡本太郎、佐伯祐三、坂本繁二郎、安井曾太郎等々。
私は古賀春江がその中にあったのが、出かける決め手となりました。
見始めると早々に西村伊作の「新宮風景」と遭遇。絵も描く人だったんだ。
中川一政の「春光」は大正4年の作で、普通にみられる筆致の油絵です。
岸田劉生の「静物」は重厚なバックに静物が輝いてみえる逸品。
国枝金三の「都会風景」は大正13年ごろの大阪御堂筋の様子が。
小出楢重の「帽子をかぶった自画像」は意気揚々とした雰囲気が伝わる
大作。
佐伯祐三は大好きな画家。パリの重々しく暗い風景の中に
アルファベットが大きく浮き上がり、呼びかけられているようです。
待望の古賀春江「素朴な月夜」はいつものシュールで、柔らかい印象、
なのに、どこか不安を抱かせる作品です。
興味深かったのは、熊谷守一と有島生馬(有島武郎の弟)と描きあった
肖像画です。どちらもしっかりと描きこんだ油絵で、熊谷守一の後の
作品とは一味違います。そして有島生馬の描いた熊谷の肖像。
仙人と言われた風貌がこのころから見られるように思われました。
好ましく思ったのは、伊藤久三郎「合歓の木」。これは現代作家の絵と
いわれてもおかしくないであろう構図。色合いは少々単調ではありますが。
また、圧倒されたのは松本竣介「画家の像」。
戦時中の絵で、すっくりと立ち上がったその像は若々しくも、強い意志を
感じさせ、横に座る家族の表情がそれを際立たせます。
緻密な筆致にも見入ってしまいました。
戦後の作品は岡本太郎に代表されるように、現代社会を先取りするような
作品が多く、抽象画によってそれらを表されている印象が強いです。
藤田嗣治は南米を旅した後の作品で、パリ時代で一世を風靡した作品
とは、少々違った趣がありました。
秀逸と思われたのは、安井曾太郎の「玉蟲先生像」。素晴らしい。完璧。
大作も多く、人物画は親しみを感じさせ、どこか安心感を漂わせる雰囲気
があり、日本人の洋画というだけで、これだけ雰囲気が変わるものかと、
驚きもありました。
どの作品もこれから羽ばたこうとする意欲と意思がしっかりと塗り込まれ、
重量感のある見応えでした。
とても満足感を味わえた展覧会、久しぶりです。
二科展という名はよく聞くけれど、よくわからない。
で、あまり関心がなかった今回の展覧会でしたが、
日経新聞夕刊に高階絵里加さんが総評を書かれていたのを読み、
行くことに即決、閉展の前日に飛び込んだのです。
大正3年、官展である文展に対し、立ち上げられたのが二科展。
自由な新しい画風を求める芸術家たちが集まったとあります。
今回では主だった画家の作品が集められています。
その点数なんと132点に及びます。
著名な画家には、岸田劉生、藤田嗣治、小出楢重、東郷青児、
岡本太郎、佐伯祐三、坂本繁二郎、安井曾太郎等々。
私は古賀春江がその中にあったのが、出かける決め手となりました。
見始めると早々に西村伊作の「新宮風景」と遭遇。絵も描く人だったんだ。
中川一政の「春光」は大正4年の作で、普通にみられる筆致の油絵です。
岸田劉生の「静物」は重厚なバックに静物が輝いてみえる逸品。
国枝金三の「都会風景」は大正13年ごろの大阪御堂筋の様子が。
小出楢重の「帽子をかぶった自画像」は意気揚々とした雰囲気が伝わる
大作。
佐伯祐三は大好きな画家。パリの重々しく暗い風景の中に
アルファベットが大きく浮き上がり、呼びかけられているようです。
待望の古賀春江「素朴な月夜」はいつものシュールで、柔らかい印象、
なのに、どこか不安を抱かせる作品です。
興味深かったのは、熊谷守一と有島生馬(有島武郎の弟)と描きあった
肖像画です。どちらもしっかりと描きこんだ油絵で、熊谷守一の後の
作品とは一味違います。そして有島生馬の描いた熊谷の肖像。
仙人と言われた風貌がこのころから見られるように思われました。
好ましく思ったのは、伊藤久三郎「合歓の木」。これは現代作家の絵と
いわれてもおかしくないであろう構図。色合いは少々単調ではありますが。
また、圧倒されたのは松本竣介「画家の像」。
戦時中の絵で、すっくりと立ち上がったその像は若々しくも、強い意志を
感じさせ、横に座る家族の表情がそれを際立たせます。
緻密な筆致にも見入ってしまいました。
戦後の作品は岡本太郎に代表されるように、現代社会を先取りするような
作品が多く、抽象画によってそれらを表されている印象が強いです。
藤田嗣治は南米を旅した後の作品で、パリ時代で一世を風靡した作品
とは、少々違った趣がありました。
秀逸と思われたのは、安井曾太郎の「玉蟲先生像」。素晴らしい。完璧。
大作も多く、人物画は親しみを感じさせ、どこか安心感を漂わせる雰囲気
があり、日本人の洋画というだけで、これだけ雰囲気が変わるものかと、
驚きもありました。
どの作品もこれから羽ばたこうとする意欲と意思がしっかりと塗り込まれ、
重量感のある見応えでした。
とても満足感を味わえた展覧会、久しぶりです。
2015年11月3日火曜日
文化の日
今日は祝日で嬉しいお休みでした。
お天気も良く、5週間ぶりに散髪へGO!
前髪、裾周りをずいぶん短くしてもらって、
気分爽快です。
ついでに傍のユニクロに寄って、
クリストフ・ルメールとのコラボ商品をチェックしてきました。
置き方が綺麗ではないので、少々もったいない気がしましたが、
やはりデザインは秀逸で、普通の服にワンポイントで合わせても
お洒落だろうと思われました。
でも、寒がりの私には返ってオシャレ度が高く、スルー。
まだダウンを着たことが無いのですが(似合わないのです)、
職場にはユニクロのダウンで通勤したいと思って眺めていました。
本屋さんでは、ミルハウザーの自伝的小説「ある夢想者の肖像」を
眺めては、直し、手にとっては、直し、を繰り返し、
どうにか買わずに済みました。
というのも、これまでの経験からミルハウザーの作品は、
短編が好みであって、長編はあまり親しめないからなのです。
でも、惹かれるものがあります。また悩む。
散髪に行く日はお化粧品を買う日でもあります。
今日はリップとファンデーションを購入。
すぐに化粧崩れをおこしてしまうので、
しっかりキープできるよう固めの下地も。
YSL、あまりの高さにめまいを起こしそうに。
イメージ・モデルのカーラ・デルヴィーニュの映像にうっとりして、
ま、これで半年は大丈夫と安心することにしました。
一か月に一度のお楽しみはこれにて終了。
来月はいつ行けるかな?
お天気も良く、5週間ぶりに散髪へGO!
前髪、裾周りをずいぶん短くしてもらって、
気分爽快です。
ついでに傍のユニクロに寄って、
クリストフ・ルメールとのコラボ商品をチェックしてきました。
置き方が綺麗ではないので、少々もったいない気がしましたが、
やはりデザインは秀逸で、普通の服にワンポイントで合わせても
お洒落だろうと思われました。
でも、寒がりの私には返ってオシャレ度が高く、スルー。
まだダウンを着たことが無いのですが(似合わないのです)、
職場にはユニクロのダウンで通勤したいと思って眺めていました。
本屋さんでは、ミルハウザーの自伝的小説「ある夢想者の肖像」を
眺めては、直し、手にとっては、直し、を繰り返し、
どうにか買わずに済みました。
というのも、これまでの経験からミルハウザーの作品は、
短編が好みであって、長編はあまり親しめないからなのです。
でも、惹かれるものがあります。また悩む。
散髪に行く日はお化粧品を買う日でもあります。
今日はリップとファンデーションを購入。
すぐに化粧崩れをおこしてしまうので、
しっかりキープできるよう固めの下地も。
YSL、あまりの高さにめまいを起こしそうに。
イメージ・モデルのカーラ・デルヴィーニュの映像にうっとりして、
ま、これで半年は大丈夫と安心することにしました。
一か月に一度のお楽しみはこれにて終了。
来月はいつ行けるかな?
2015年11月2日月曜日
久しぶりにTV・・・スガくんを観るために
先ほどNHKの「プロフェッショナル」を観ておりました。
主題歌を歌うスガシカオを特集していたのです。
一時期よくわからないアルバムが続いて、
少し距離をおいていたのですが、
ずっとスガくんのブログは読んでいたので、
ライブ中心の活動をしていることは知っておりました。
今度6年ぶりとなるアルバムがでるそうです。
そのアルバムの柱となる曲の歌詞作成の様子が
じっくりと取材されており、その大変さをうかがうことができました。
(スガくんの意見は全くそのとおりだと頷いておりました。)
また、この番組の主題歌「プログレス」を10年ぶりに振り返り、
そしてこれからとなる新しい曲を披露してくれました。
スガくんの曲作り、素晴らしい歌詞、歌唱力について、
この19年の間に多くの人が評価し、愛されていることに、
私までがとても嬉しく思われます。
スガくんと同い年の私。
素晴らしい同胞がいるのだと思うと、なおさら嬉しいです。
(勝手に同胞にさせていただいています!)
昔ライブ・ハウスで聴いた頃は、私も境遇が全く違ったのですが、
今新たな曲を聴いてみて、私の気持ちも一新できるような気がしました。
とても新鮮な心地です。
ありがとうスガくん、
あなたのその生き方から生まれる曲がみんなを照らしてくれるのです。
主題歌を歌うスガシカオを特集していたのです。
一時期よくわからないアルバムが続いて、
少し距離をおいていたのですが、
ずっとスガくんのブログは読んでいたので、
ライブ中心の活動をしていることは知っておりました。
今度6年ぶりとなるアルバムがでるそうです。
そのアルバムの柱となる曲の歌詞作成の様子が
じっくりと取材されており、その大変さをうかがうことができました。
(スガくんの意見は全くそのとおりだと頷いておりました。)
また、この番組の主題歌「プログレス」を10年ぶりに振り返り、
そしてこれからとなる新しい曲を披露してくれました。
スガくんの曲作り、素晴らしい歌詞、歌唱力について、
この19年の間に多くの人が評価し、愛されていることに、
私までがとても嬉しく思われます。
スガくんと同い年の私。
素晴らしい同胞がいるのだと思うと、なおさら嬉しいです。
(勝手に同胞にさせていただいています!)
昔ライブ・ハウスで聴いた頃は、私も境遇が全く違ったのですが、
今新たな曲を聴いてみて、私の気持ちも一新できるような気がしました。
とても新鮮な心地です。
ありがとうスガくん、
あなたのその生き方から生まれる曲がみんなを照らしてくれるのです。
2015年11月1日日曜日
11月に入りました
11月、さすがに朝夕はかなり冷えますね。
もう暖かく着込んでおりますよ。
とにかく寒いこと自体が苦手ですし、
風邪をひくのも困るからです。
風邪気味かな?と思ったら、
即、エスタック・イブ・エースを飲みます。
お風呂はその時により加減します。
熱っぽかったら、頭は洗わない。
布団に早く入る。
なるべく手を抜く。
2,3日したら、どうにか治まります。
この方法でこの2,3年は寝込まずに済んでいます。
しばらくしても治らなかったり、
咳がひどくなったりしたら、内科のお医者さんへ。
それでも、どうにか風邪で会社を休まずに済んでいるので、
それでいいかな、と。
もちろん、枕にはラベンダーとユーカリのオイルを垂らします。
理想は寝る前の30分前にそういった支度を終え、
ゆっくりリラックスできる音楽をかけて、
読みやすい本を読む。
そうすると、マイスリー(睡眠導入剤)1個ですぅっと寝ることができます。
昨日は、夕方から大阪・天王寺へ出かけ、
大阪市立美術館で催されていた「二科100年展」を観てきました。
充実した内容で、とても良く、満足いたしました。
でも、ちょっと疲れてしまい、
今日もよく寝ましたよ。
このブログ、「体調不良と偏り読書」と名前を変えたほうが
いいかもしれません。
もう暖かく着込んでおりますよ。
とにかく寒いこと自体が苦手ですし、
風邪をひくのも困るからです。
風邪気味かな?と思ったら、
即、エスタック・イブ・エースを飲みます。
お風呂はその時により加減します。
熱っぽかったら、頭は洗わない。
布団に早く入る。
なるべく手を抜く。
2,3日したら、どうにか治まります。
この方法でこの2,3年は寝込まずに済んでいます。
しばらくしても治らなかったり、
咳がひどくなったりしたら、内科のお医者さんへ。
それでも、どうにか風邪で会社を休まずに済んでいるので、
それでいいかな、と。
もちろん、枕にはラベンダーとユーカリのオイルを垂らします。
理想は寝る前の30分前にそういった支度を終え、
ゆっくりリラックスできる音楽をかけて、
読みやすい本を読む。
そうすると、マイスリー(睡眠導入剤)1個ですぅっと寝ることができます。
昨日は、夕方から大阪・天王寺へ出かけ、
大阪市立美術館で催されていた「二科100年展」を観てきました。
充実した内容で、とても良く、満足いたしました。
でも、ちょっと疲れてしまい、
今日もよく寝ましたよ。
このブログ、「体調不良と偏り読書」と名前を変えたほうが
いいかもしれません。
「謎とき 失われた時を求めて」
「謎解き 失われた時を求めて」 芳川泰久著 新潮選書
この夏、新潮社から「失われた時を求めて 全一巻」が出ましたね。
訳と編集はこの芳川さん、リライトは角田光代さん。
と、同時に芳川さん版「謎とき」が出版されたわけです。
第一章 冒頭の一句について
ここで、これまでの日本語訳について、
冒頭の Longtemps、je me suis couche de bonne heure.
をどのように訳しているのか、比較検討しています。
芳川さんはフランス文学の研究者でおられるので、
もちろんフランス語に立ち戻って考えられているのですが、
実はこれは常に問題になっている訳の部分なのです。
フランス語の知識が無いと、訳は困難なのが実態です。
長い間、いつも私は早くから寝るのであった。(1929)
長い間私はいつも早くから寝ることにしていた(1931)
長い間、いつも私は早くから床に就いた(1934)
長い間、私は早くから寝む習慣をとって来た(1940)
長い間、私は宵寝になれてきた(1953)
・
・
・
長いあいだ、私は夜早く床に就いた(1990)
長い時にわたって、私は早くから寝たものだ(1992ちくま文庫井上訳)
長いあいだ、私は早く寝るのだった。(2006 集英社文庫 鈴木訳)
長い間、私はまだ早い時間から床に就いた(光文社 高遠訳)
長いこと私は早めに寝むことにしていた(岩波文庫 吉川訳)
“私”がのちのちになって、振り返った過去の習慣に関して、
複合過去で表現している、それは、“私”が過去において生きている状態
を指していると言えるかと思われます。
それまでの十九世紀の小説では過去を語るとき、単純過去か半過去が
使われていました。
冒頭から、プルースト独自の表現を使っているというわけです。
いきなりなかなか難しい問題提起ですね。
第二章 “私”が窓辺にたたずむと
ここでは、主人公が窓という枠から見たこと、
をクローズアップしています。
それは、とても印象深い光景が多く、また衝撃的なシーンもあります。
窓、それも一つの視点の一つです。
第三章 “私”という形式、あるいは犬になること
“私”の視点や意識は匿名性を持っています。
それによって、印象や感覚を研ぎ澄ませる作用を考慮しているようです。
フランス人が知性によって乗り越えてきた歴史を、
プルーストは印象や感覚によって切り開こうとした、と言える、
と芳川さんは述べています。
第四章 モネを超える試み
“私”が目にする、そして意識する風景は、旅などで度々現れます。
その時の表現は光の移り変わりを意識しているものであり、
一連の絵画、タブローようであるとし、一つの平面、あるいは言葉に
よってモネの試みと重なっているようです。
第五章 メタモルフォーズ 隠喩的な錯視
“私”は様々なシーンで、実際に目にしたものから新たな印象を引き出す
力を持っています。それが彼の得意技と思っていましたが。
画家エルスチールの作品を観たときにも、作品から受ける印象が
どんどんと広がっていきます。それはとても美しく、彼の感受性の豊かさ
をも示していました。
同時に、隠喩的な表現が数多くみられ、それは物語の先に繋がって
いくのです。代表的な例は性的な嗜好の持ち主のエピソードですね。
第六章 小説という場所
幼いときに“私”は甘美な、恍惚とした印象を持つことがありました。
それが小説家となる第一歩であったわけです。
とても有名な章で、“私”が馬車の上から、マルタンヴィルの鐘楼を
眺めるときがあり、そこで“歓び”を感じるという部分があります。
それを一生懸命に書きとめたとあります。
ここで芳川さんは <時>の開示そのものが、無意識的想起によって
「時間の偶然性」を廃棄するというかたちで、独自の構造を発揮する。
そこことを示唆しているのが、われわれは「時間の外に身をおいて
いるのに」という「自らの外に立つこと」を構造的である。 とし、
小説の“私”の体験と発見、書くことへの歓びに繋がるとしています。
そのほかにも芳川さんは細かなところに、独自の隠喩的表現を指摘
されています。そう考えれば、そう読めるかも。
そろそろ書くのに疲れてきました。
私自身の最初の考えと違って、書くべきことが多すぎる。
この後、第七章 描写のネットワークを読む
第八章 方法としての記憶
第九章 石への傾倒 小説を書く
第十章 死んでいる母と「ひとりの女」
第十一章 ヴェネツィア紀行
第十二章 知覚を宿す平面 プルーストとベルクソン
とあります。
どの章もしっかりとしたデータに基づいた考証で、読み応えがあります。
もちろん、全体に、プルーストが影響を受けたラスキンについても含め、
これまでの研究の一端が活かされています。
そういう意味ではとても読み応えのある一冊です。
また、この本を読んでなおさら興味を覚える人も多いことでしょう。
「失われた時を求めて」は、隠喩を数多く含み、どこを読んでも、
実は伏線があり、意味の無い表現が無いといっていいくらい、
重厚な作品なのです。
私は一つの小説としてこの「失われた時を求めて」を読みましたが、
読者の勝手で、苦手な部分はさらりとかわしました。
読んでいる者の勘で、これはあれと結びつく、とか、
これは窓枠がついている、とか、この描写はエルスチールの絵を
観るときと同じようだ、とか、これこそが重要な印だと思いながら、
それはそれで楽しむことができましたので、
これで一応十分だと思っています。
そういった勘の部分や、疑問を解き明かしてくれるのが、
こういった解説、批評本だと思います。
さて、この「謎とき」の本に関して申し上げれば、
筆者の感情や、熱意が後押ししていることが特徴です。
第十二章が難解であることは、筆者もご承知のようですが、
他の章も、もう少しゆとりがあってもよかったかと思います。
そういう意味で、少々読みにくさがあります。
ちょっとせっかちなのね、筆致が。
色々な解説本があって、さらに興味深いプルーストであります。
この夏、新潮社から「失われた時を求めて 全一巻」が出ましたね。
訳と編集はこの芳川さん、リライトは角田光代さん。
と、同時に芳川さん版「謎とき」が出版されたわけです。
第一章 冒頭の一句について
ここで、これまでの日本語訳について、
冒頭の Longtemps、je me suis couche de bonne heure.
をどのように訳しているのか、比較検討しています。
芳川さんはフランス文学の研究者でおられるので、
もちろんフランス語に立ち戻って考えられているのですが、
実はこれは常に問題になっている訳の部分なのです。
フランス語の知識が無いと、訳は困難なのが実態です。
長い間、いつも私は早くから寝るのであった。(1929)
長い間私はいつも早くから寝ることにしていた(1931)
長い間、いつも私は早くから床に就いた(1934)
長い間、私は早くから寝む習慣をとって来た(1940)
長い間、私は宵寝になれてきた(1953)
・
・
・
長いあいだ、私は夜早く床に就いた(1990)
長い時にわたって、私は早くから寝たものだ(1992ちくま文庫井上訳)
長いあいだ、私は早く寝るのだった。(2006 集英社文庫 鈴木訳)
長い間、私はまだ早い時間から床に就いた(光文社 高遠訳)
長いこと私は早めに寝むことにしていた(岩波文庫 吉川訳)
“私”がのちのちになって、振り返った過去の習慣に関して、
複合過去で表現している、それは、“私”が過去において生きている状態
を指していると言えるかと思われます。
それまでの十九世紀の小説では過去を語るとき、単純過去か半過去が
使われていました。
冒頭から、プルースト独自の表現を使っているというわけです。
いきなりなかなか難しい問題提起ですね。
第二章 “私”が窓辺にたたずむと
ここでは、主人公が窓という枠から見たこと、
をクローズアップしています。
それは、とても印象深い光景が多く、また衝撃的なシーンもあります。
窓、それも一つの視点の一つです。
第三章 “私”という形式、あるいは犬になること
“私”の視点や意識は匿名性を持っています。
それによって、印象や感覚を研ぎ澄ませる作用を考慮しているようです。
フランス人が知性によって乗り越えてきた歴史を、
プルーストは印象や感覚によって切り開こうとした、と言える、
と芳川さんは述べています。
第四章 モネを超える試み
“私”が目にする、そして意識する風景は、旅などで度々現れます。
その時の表現は光の移り変わりを意識しているものであり、
一連の絵画、タブローようであるとし、一つの平面、あるいは言葉に
よってモネの試みと重なっているようです。
第五章 メタモルフォーズ 隠喩的な錯視
“私”は様々なシーンで、実際に目にしたものから新たな印象を引き出す
力を持っています。それが彼の得意技と思っていましたが。
画家エルスチールの作品を観たときにも、作品から受ける印象が
どんどんと広がっていきます。それはとても美しく、彼の感受性の豊かさ
をも示していました。
同時に、隠喩的な表現が数多くみられ、それは物語の先に繋がって
いくのです。代表的な例は性的な嗜好の持ち主のエピソードですね。
第六章 小説という場所
幼いときに“私”は甘美な、恍惚とした印象を持つことがありました。
それが小説家となる第一歩であったわけです。
とても有名な章で、“私”が馬車の上から、マルタンヴィルの鐘楼を
眺めるときがあり、そこで“歓び”を感じるという部分があります。
それを一生懸命に書きとめたとあります。
ここで芳川さんは <時>の開示そのものが、無意識的想起によって
「時間の偶然性」を廃棄するというかたちで、独自の構造を発揮する。
そこことを示唆しているのが、われわれは「時間の外に身をおいて
いるのに」という「自らの外に立つこと」を構造的である。 とし、
小説の“私”の体験と発見、書くことへの歓びに繋がるとしています。
そのほかにも芳川さんは細かなところに、独自の隠喩的表現を指摘
されています。そう考えれば、そう読めるかも。
そろそろ書くのに疲れてきました。
私自身の最初の考えと違って、書くべきことが多すぎる。
この後、第七章 描写のネットワークを読む
第八章 方法としての記憶
第九章 石への傾倒 小説を書く
第十章 死んでいる母と「ひとりの女」
第十一章 ヴェネツィア紀行
第十二章 知覚を宿す平面 プルーストとベルクソン
とあります。
どの章もしっかりとしたデータに基づいた考証で、読み応えがあります。
もちろん、全体に、プルーストが影響を受けたラスキンについても含め、
これまでの研究の一端が活かされています。
そういう意味ではとても読み応えのある一冊です。
また、この本を読んでなおさら興味を覚える人も多いことでしょう。
「失われた時を求めて」は、隠喩を数多く含み、どこを読んでも、
実は伏線があり、意味の無い表現が無いといっていいくらい、
重厚な作品なのです。
私は一つの小説としてこの「失われた時を求めて」を読みましたが、
読者の勝手で、苦手な部分はさらりとかわしました。
読んでいる者の勘で、これはあれと結びつく、とか、
これは窓枠がついている、とか、この描写はエルスチールの絵を
観るときと同じようだ、とか、これこそが重要な印だと思いながら、
それはそれで楽しむことができましたので、
これで一応十分だと思っています。
そういった勘の部分や、疑問を解き明かしてくれるのが、
こういった解説、批評本だと思います。
さて、この「謎とき」の本に関して申し上げれば、
筆者の感情や、熱意が後押ししていることが特徴です。
第十二章が難解であることは、筆者もご承知のようですが、
他の章も、もう少しゆとりがあってもよかったかと思います。
そういう意味で、少々読みにくさがあります。
ちょっとせっかちなのね、筆致が。
色々な解説本があって、さらに興味深いプルーストであります。
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