2011年4月13日水曜日

「トーニオ・クレーガー」

「トーニオ・クレーガー」 トーマス・マン著 平野卿子訳 河出文庫

昔読んだ「トーニオ」は少々陰気な雰囲気をかもし出していて、
北ドイツ(たぶんリューベック)が舞台だから、
仕方が無いのかと思っていました。
それに硬さもあって、親しみが湧かず、
「ブッテンブローグ」と「魔の山」は大好きだけれど、
これはちょっと違うと脇においてありました。

この平野さんによる新訳はそんな印象を拭い去る快訳です。
北国の暗いイメージに軽やかで華やかなハンスが印象的で、
主人公トーニオの切ない気持ちの揺れが伝わってきます。
その後に出会ったインゲボルグの印象もハンスと同じく、
主人公の性分とは相容れることなく、憧れの対象として描かれます。
しかしトーニオは自らの生来の天分を信じ、
芸術家への道を歩み、文壇で作品が認められるようになるのです。
そのトーニオは、親友リザヴェータ(この名前には何か意味があるのでしょうか)
に胸の内を吐露し、そののち故郷とデンマークを訪ねます。
成人してから見る故郷の町。
変わらぬもの、変わった自分を再確認して、
デンマークの避暑地に出かけたトーニオは、
そこで幻のハンスとインゲボルグに再会します。
子供の時分から理想的な市民の典型=普通の人に見えた二人。
そこでトーニオは改めてこれまでの自分の過ごしてきた日々を振り返り、
そして“迷子になった普通の人”である自分の行くべき道を見据えるのでした。

このように筋は特に変わったところの無い作品ですが、
主人公トーニオの造型が深く掘り込まれているのが特徴だと思います。
もちろんトーニオのモデルはトーマス・マン自身でしょう。

筋を置き換えて、若き頃を振り返り、これまでの人生、思考について考えてみるのも
一考です。いや、そのための一冊でしょう。
そういう一冊のことを「青春の書」と呼ぶのだと思います。

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