今日は一日しとしとと雨でありました。
お部屋でおとなしく過ごしていたのです。
ゆっくりとした時間です。
考え事ばかりしていましたが、
ちっとも前に進みません。
考え事というのはおかしなもので、
忙しくしている時に、
ふと新しい展開をしたり、
解決策が見つかったりしますね。
脳神経学や心理学的にはその理由が
わかっているものなのかもしれません。
とりあえず、心の整理を形にしようと、
本棚の整理をしてみました。
この本棚には読みたい本を詰め込んでいっているのですが、
あるはあるは、とりどりに興味のあるものばかりです。
冷静に見てみると欲張り本棚です。
どうしても読むぞと決めている本と、
精神上支えになってくれる本と、
刺激を与えてくれるタイトルの本を、
手前に並べ直してみました。
今の望みと希望はこの本棚をみればわかる。
ちょっとは前進したかしら。
2010年3月6日土曜日
三年読書
ずいぶん前に大江健三郎さんが、
あるコラムに書かれていた興味深い話です。
“渡辺一夫氏に三年にひとりずつ
詩人、作家、思想家をきめて
集中的に読めといわれた。
私が人生で完全に実行した
最良の教え。”
きままに読書を重ねていた頃に、
この“三年にひとり”というのを、
ひとつの目安になることと教わり、
早速試してみることにしました。
以外とひとりに絞り込むのも難しく、
とりあえず数年だけ考えてみました。
それからしばらくすると、
ひとりの作家を三年ではとても読みきれないことが、
わかりました。
ひととおり読むことはできても、
丁寧に読むまでには至りません。
そうすると尚更この三年という言葉が効いてきます。
自分の年齢を鑑みて、
これからどういう読書をすることが、
納得のいく状態になるのでしょうか。
さらりと読むだけの読書、
じっくり読む読書、
どうしようかしらん。
考えて、悩むことがまた楽しかったりします。
あるコラムに書かれていた興味深い話です。
“渡辺一夫氏に三年にひとりずつ
詩人、作家、思想家をきめて
集中的に読めといわれた。
私が人生で完全に実行した
最良の教え。”
きままに読書を重ねていた頃に、
この“三年にひとり”というのを、
ひとつの目安になることと教わり、
早速試してみることにしました。
以外とひとりに絞り込むのも難しく、
とりあえず数年だけ考えてみました。
それからしばらくすると、
ひとりの作家を三年ではとても読みきれないことが、
わかりました。
ひととおり読むことはできても、
丁寧に読むまでには至りません。
そうすると尚更この三年という言葉が効いてきます。
自分の年齢を鑑みて、
これからどういう読書をすることが、
納得のいく状態になるのでしょうか。
さらりと読むだけの読書、
じっくり読む読書、
どうしようかしらん。
考えて、悩むことがまた楽しかったりします。
2010年3月5日金曜日
春の訪れ
朝は一面が白く霧に包まれていたのに、
いつしか陽差しが降り注ぎだし、
柔らかな春のきざはしが訪れました。
鶯もたどたどしくさえずり始めましたし、
名前の知らない鳥たちも声高く、
足元には枯れ草に混じって緑の新草が伸びてきました。
ようやく冬の終わりです。
今年はいつになく梅の花が目に付きます。
体調も無事復活し、
パソコンも快適に動くようになり、
仕事の山も片付けて、
つかの間ほっとしています。
冬のきーんとした冷たさと静けさもそれなりに
良いものだとは思いますが、
体感的に春のうらうらとした空気が気持ちよく感じます。
そこに微風がそよそよと流れてくれば、
お散歩日和。
血の巡りものんびりとしていますが、
歩調ものんびりしたお散歩が楽しみです。
いつしか陽差しが降り注ぎだし、
柔らかな春のきざはしが訪れました。
鶯もたどたどしくさえずり始めましたし、
名前の知らない鳥たちも声高く、
足元には枯れ草に混じって緑の新草が伸びてきました。
ようやく冬の終わりです。
今年はいつになく梅の花が目に付きます。
体調も無事復活し、
パソコンも快適に動くようになり、
仕事の山も片付けて、
つかの間ほっとしています。
冬のきーんとした冷たさと静けさもそれなりに
良いものだとは思いますが、
体感的に春のうらうらとした空気が気持ちよく感じます。
そこに微風がそよそよと流れてくれば、
お散歩日和。
血の巡りものんびりとしていますが、
歩調ものんびりしたお散歩が楽しみです。
2010年3月4日木曜日
「一階でも二階でもない夜 回送電車Ⅱ」
「一階でも二階でもない夜 回送電車Ⅱ」 堀江敏幸著 中公文庫
先日の“chef-d'oeuvre”という言葉が頭の中でもやもやとしていて、
散歩でもしながら、じっくりと考えてみたいと思ったりしています。
今回文庫本でゆっくり時間をかけて読めたせいか、
一冊の本がこれだけ豊穣なことを教えられました。
時間が経ってみると、堀江さんの渡仏時の話題も、
あの時のことかな、などと記憶とつき合わせたりもできたりして、
堀江さんにまつわる事象の知識がふくらんでいきます。
著者自身に関心があるというよりは、
堀江さんの紡ぎ出す言葉で形作られた世界が、
魅力的なのです。
純度が高く、栄養のある水を飲むことに似た読書には、
アルコールも少し含んでいるような酔いがあります。
先日の“chef-d'oeuvre”という言葉が頭の中でもやもやとしていて、
散歩でもしながら、じっくりと考えてみたいと思ったりしています。
今回文庫本でゆっくり時間をかけて読めたせいか、
一冊の本がこれだけ豊穣なことを教えられました。
時間が経ってみると、堀江さんの渡仏時の話題も、
あの時のことかな、などと記憶とつき合わせたりもできたりして、
堀江さんにまつわる事象の知識がふくらんでいきます。
著者自身に関心があるというよりは、
堀江さんの紡ぎ出す言葉で形作られた世界が、
魅力的なのです。
純度が高く、栄養のある水を飲むことに似た読書には、
アルコールも少し含んでいるような酔いがあります。
chef-d'oeuvre
“chef-d'oeuvre”とは“傑作”という意味に使われるフランス語です。
(スペルの表記については難がありますので、後で修正いたします)
「一階でも二階でもない夜 回送電車Ⅱ」 堀江敏幸著 中公文庫
を読んでいると“存在の明るみに向かって”という章に行き当たりました。
この章でこの“chef-d'oeuvre”について、堀江さんはこう語ります。
・・・chef-d'oeuvreがアノニムな達成であると同時に、
ひとりの職人の人生を左右する、血の通った渾身の仕事だと
教えられた。・・・それが《天の奥に秘められている「存在の明るみ」》
をめざしての、厳しい仕事と直結した日々の実践にほかならず、
真の創作家はその明るみに導かれてより高次の明るみをめざし、
「いつしか生成の根源に分け入って」、「もはや批評家だの、公衆だの、
行き先などは問題ではない」地平に達することを示した、これほど
明確な定義はなかったのである。問題は行き先ではなく方位であり、
方角なのだ。・・・
堀江さんは宇佐見英治の「傑作について」という文書から、
学んだのでした。そして、堀江さんを基点にして、
“chef-d'oeuvre”という言葉が指し示す方角を探し求めている人々が、
自らの意識を明確にできるようになっていくと思われます。
「存在の明るみ」とはなんとも美しい言葉でしょう。
そこに達することはできなくても、
その方角に向かって歩いていく努力はできるかもしれません。
その方角を見定めることも難しいことです。
誰しもが可能なことではないでしょう。
せめて、心の持ちようは明るい方を向いていたいものです。
“chef-d'oeuvre”という言葉が、
自らの仕事の道筋を見出してゆけるきっかけになればと、
道端でぼやぼやしているところに、
声をかけられたような気がしています。
(スペルの表記については難がありますので、後で修正いたします)
「一階でも二階でもない夜 回送電車Ⅱ」 堀江敏幸著 中公文庫
を読んでいると“存在の明るみに向かって”という章に行き当たりました。
この章でこの“chef-d'oeuvre”について、堀江さんはこう語ります。
・・・chef-d'oeuvreがアノニムな達成であると同時に、
ひとりの職人の人生を左右する、血の通った渾身の仕事だと
教えられた。・・・それが《天の奥に秘められている「存在の明るみ」》
をめざしての、厳しい仕事と直結した日々の実践にほかならず、
真の創作家はその明るみに導かれてより高次の明るみをめざし、
「いつしか生成の根源に分け入って」、「もはや批評家だの、公衆だの、
行き先などは問題ではない」地平に達することを示した、これほど
明確な定義はなかったのである。問題は行き先ではなく方位であり、
方角なのだ。・・・
堀江さんは宇佐見英治の「傑作について」という文書から、
学んだのでした。そして、堀江さんを基点にして、
“chef-d'oeuvre”という言葉が指し示す方角を探し求めている人々が、
自らの意識を明確にできるようになっていくと思われます。
「存在の明るみ」とはなんとも美しい言葉でしょう。
そこに達することはできなくても、
その方角に向かって歩いていく努力はできるかもしれません。
その方角を見定めることも難しいことです。
誰しもが可能なことではないでしょう。
せめて、心の持ちようは明るい方を向いていたいものです。
“chef-d'oeuvre”という言葉が、
自らの仕事の道筋を見出してゆけるきっかけになればと、
道端でぼやぼやしているところに、
声をかけられたような気がしています。
2010年3月3日水曜日
気がつくと、夜中でした
寝つく前に、更新しようと思っていたら、
もう次の日になってしまいました。
♪ この地で、この地で、また始まる意味を探し求め、
また歩き始める ♪
今日はこのサカナクションの「アルクアラウンド」が
頭の中で一日中かかっていました。
テクノ調の前半から、ドラマテッィクなサビへの展開と、
哀切な歌詞が聴かせます。
J-popでお気に入りのミュージシャンは、
現在このサカナクション、
秦基博、初期のスガシカオ、初期のくるり、
Peridots、というところです。
きっと好みはお察しいただいているかと思います。
もう次の日になってしまいました。
♪ この地で、この地で、また始まる意味を探し求め、
また歩き始める ♪
今日はこのサカナクションの「アルクアラウンド」が
頭の中で一日中かかっていました。
テクノ調の前半から、ドラマテッィクなサビへの展開と、
哀切な歌詞が聴かせます。
J-popでお気に入りのミュージシャンは、
現在このサカナクション、
秦基博、初期のスガシカオ、初期のくるり、
Peridots、というところです。
きっと好みはお察しいただいているかと思います。
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