2011年1月3日月曜日

1月3日

今日でお正月休みもおしまい。
読書三昧にするつもりでしたが、
そうそう読んでばかりともいかず、
読み上げたのは一冊だけ。

「不完全なレンズで 回想と肖像」 ロベール・ドアノー著 月曜社

堀江敏幸さんの翻訳だということだし、
ドアノーの代表的な作品は知っているし、
ということで、読んでみました。

ドアノーの写真は、
被写体が今にも動きだし、話し始めるような気配を持っていると
いつも感じます。
適切な表現が思いつかないのですが、
被写体がくっきりと浮かび上がり、肉感的な気配を感じさせます。

ドアノーの写真についてのジャック・プレヴェールの言葉。
“きみが<写真を撮る>って動詞を活用するときは、
 いつだってレンズの半過去形でなんだ。”

詩人プレヴェールを被写体とした写真集「ジャック・プレヴェール通り」の
序文の末尾に置かれた一節だそうです。

半過去形とはフランス語の動詞の活用形の一つで、
、堀江さんの言葉では、
“限られた時間の幅のなかでは、完結していない行為”。

その言葉をもってすれば、ドアノーの写真は、
“「過去における現在」である。
 それは、瞬間と持続を同時に体現してしまうもうひとつの魔法なのだ。
 言い換えれば、写真はつねに主観的で、ある意味では偽の証言で
 なければならない、ということだろう。感情がこめられているからこそ、
 それは正しく歪むのである。”

そんな写真を撮る人の文章は、
動画のキャプションのようにリアルで、
ユーモアの溢れる言葉の連なりです。
想像力欠如の人間にはちょっと苦しいくらいでした。
翻訳するのは難しかったに違いありません。
集中して読んでしまうことができたので、
よかったように思います。

言葉のように語る写真って面白い、と
挟み込まれた写真の数々を見ながらページを繰りました。

出足は上々、
今年はどんな本と出合うのでしょう。

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