「記憶の山荘」 トニー・ジャット著 森夏樹訳 みすず書房
1948年にロンドンに生まれたジャットは、
現代史の研究者として、主にアメリカの大学で教壇に立ち、
2009年に筋委縮性側索硬化症を発症し、
2010年に亡くなりました。
難病を発症してからも活動を行っていましたが、
その中で本書は口述筆記によって著された回想録です。
幼い頃にスイスの山荘を訪れたときを思い出し、
山荘の建屋や内装、家具、色々な部屋の数々をなぞらえて、
自分の記憶を空間的に並べるという手法をとっています。
と冒頭の章にあるのですが、
3次元感覚に乏しい読者は、平坦に並べられた章をなぞっていくことしか
できませんでした。
この「記憶の山荘」という章に執筆後の筆者の考えがほぼ述べられているかと
思われるので、何回か目を通してみました。
ちょっと難しい。
本文には、幼い頃からの記憶に沿って、
各章にテーマが与えられて、当時のことが振り返られています。
イギリスで過ごした幼い頃のこと、
大学生になってから仕事に従事するまで、
アメリカに移ってからのこと、
ユダヤ人であることについてなど、
筆者が関わって、山荘の引き出しに直しておくべき事柄が、
述べられています。
歴史家の回想録なのだと簡単に手をだしてしまいましたが、
人生とは簡単にまとまったものではないことに、
改めて、反省しました。
ジャットという歴史家がどういう人であるか、
この本を読めばよくわかるわけですが、
歴史家としての姿勢を表している文章があります。
“私の職業がどれほど超倫理的な要求を突き付けてきても、
私はつねに「理性の人」だった。「歴史」に関する
あらゆるクリシェの中で、私がもっとも引かれたのは、
われわれは実例を挙げながら教える哲学者に他ならない
という定言だ。これは真実だといまも思う。そして
私はいまもなお、自分が明らかに遠回りをしながら、
それを行なっていることに気がついている。”
こういった姿勢こそ良心があることだと思います。
できることならば、代表作の「ヨーロッパ戦後史」や、
没後に発表された「荒廃する世界のなかで」を読めればと
いう気持ちはありますが、やはり歯がたちません。
情けないやら、悲しいやらというところです。
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