2015年3月31日火曜日

合同歓送迎会

今宵は合同の歓送迎会でした。
兼任で当部署をみてくださるK課長、
隣から当部署へ異動されてくるTさん、
当部署から去っていかれるI課長。


なじみのお店で和やかに、
途中、プロ野球の経過が知らされて、
湧いたり、嘆いたり、笑ったりと、
普段はおしゃべりをする機会の無い方ともお話できたりして、
主役の方々にも、きちんとご挨拶もいただけましたし、
上役の方のご出席もあり、
それなりの歓送迎会であったかと思います。


でも気持ちはどこか上の空。
I課長のPCの無くなった、がらんとした席を見て、
去られた方の存在の大きさを知らされました。


心ばかりのお手紙もしたためて、
お礼は申し上げましたが、
I課長への感謝は尽きません。


課長に似合いそうだと思われるお餞別品を選び、
せめて、これは形に残るのでは、と、期待を込めつつ、
寂しい気持ちで帰途につきました。

2015年3月30日月曜日

仕事は自分で選べない

年度末で、どちらの職場でもお忙しいかと思います。
私も例にもれず、朝からばたついておりました。
廻ってくる書類も急いで作成しているのでしょう、
ミスが目立ち、仕事が余分に増えております。


主の仕事を優先順にどうにかこうにか片付けて、
急がない類の仕事の山を見て見ぬふりをしていたら、
兼任の仕事で、とても急ぐ処理があったらしく、
ぴしぴしと御小言を頂戴してしまいました。


兼任の仕事の内容は全く知識が無く、
流れ作業でしているため、重要性がよくわかっていません。
上の方も作業さえしてくれればよいので、と、
教えていただくこともなく。
こういう仕事の仕方はとても嫌いです。
絶対ミスをするから。
現に今日はやってしまいました。


場当たり的に仕事をさせるのは危険です。
爆弾がいつ破裂するかわかりませんよ。


と、うつうつ気分を引きずっております。


明日は歓送迎会。
I課長とほんとにサヨナラです。
泣いたりしないようにしなくては。

2015年3月29日日曜日

少々お疲れ

平日に飲みに行くのは、いつもはご法度です。
全く体力が持たないので。
でも、今週のI課長とYちゃんとの会食は外せなかった。
というわけで、翌日金曜日はボロボロで、
土曜日はお出かけでどうにか凌ぎ、
今日はぐったり寝ておりました。


昨日ジュンク堂の難波店に、
小野正嗣さんの直筆コメント・サイン入りのポスターが貼ってありました。
つい、手でなぞりながら、来阪されていたのかな?
サイン会していたのかな?などと考えておりました。
「九年前の祈り」のメモも書かねば、と思いつつ、
今夜も早寝をさせていただくことにします。


今日はカープも2勝目を黒田殿で挙げることができましたし、
安心して寝ることができます!?


春の甲子園・高校野球も白熱しておりますが、
頭がついて行きません。
お馬鹿な大人のことは放っておいて、がんばれ!
ライブで観たいデス。


では、皆様おやすみなさい。

2015年3月28日土曜日

ベリィショート

今月末はなかなか予定が組めなくて、
今日はお休みをとって、
お医者さんと散髪に行ってきました。


お医者さんの方は、今月は異常なしで順調☆
で、先生も安心されていたように感じられました。
素直に良かった、と思います。


散髪の方は、マッシュルームならぬヘルメット状態から
無事脱出いたしました。
(会社でM氏に「社内では、ヘルメット脱げ!」と言われていたのです。
ひどいでしょう?)
久々にとっても短くお猿さんにしていただいて、
大満足です。
この髪型とコーディネイトする服が入らないのが、
次の課題です。
ある程度太っていてもいいと思っているのですけれど、
リーバイスの505が入るくらいにまでは絞らないと、
ちょっとまずいです。


一か月ぶりに大阪へ出ると、
綺麗なものがたくさんあって、
目が回ってしまいました。
お洒落するというより、自分が落ち着くスタイルができるように、
したいものです。

2015年3月27日金曜日

会食

もう午前0時を過ぎてしまいました。
22時半を回る頃まで、話し込んでいました。
I課長とYちゃんと3人で。


3人というのは、話しやすい人数ですね。
適度に話が密になり、
適度に話が飛んで、
主に共通の話題である仕事のことでしたが、
率直な意見も聞くことができましたし、
参考になることもありました。
最後にはまあるく収まって。


充実した会食でありました。
I課長、Yちゃん、おつかれさまでした。
これに懲りずにまた、よろしくお願いいたします。

2015年3月25日水曜日

春の休日の悩みは

寒さが戻ってきていて、
今日も暖かくしてゆっくり過ごしました。
パスタは大きなしいたけとしめじとタマネギと豚肉のトマトソース味。
丁寧に作ると、落ち着いた味になるのは何故でしょう。


会社というより、
今所属している部署が今後どうなっていくのか、
不安を感じさせる動きがあります。
契約社員の私はいつお首になっても不思議はありません。


それも踏まえて勉強を始めてみたのの、
手ごたえを感じられず、
また、本格的にするには、時間もお金も能力も足りない。


自分のしたいこと、できることは何だろう。
サーフィンするかのように、その場その場で乗り切ってきたけれど、
これからは老後のことも考えていかなければなりません。
勉強してみた内容、テーマはとても関心のある分野なので、
これを引き続き進めていくのが、現実的かと思います。


それでも、もともと何故その分野なのか、というところに帰ってみると、
自分の望みはただ一つなのです。
できれば、違う形、より自分に可能な形で、
その望みをかなえたい。
それはそれで、夢のような話なのですが。
覚悟が足りません。


夢にしても、勉強にしても、
自分で決めて、前に進もうとする意欲、意思がきちんとなくては。
ふらついている自分が情けないです。
先延ばしにしないで、ほんとにmapを描いてみなくてはいけません。

2015年3月24日火曜日

波乱の幕開け

ええ、心配していたとおりです。
私の仕事場は全く変わってしまうでしょう。
何が重要な案件であるか、よくわからずに、
できるところから手をつけようとしている人。
待ち受ける難題の山をまだ見ていない人。
そのために引き継ぎミーティングをしたのですが。
本人がどう思っているかはわからないけれど、
まわりは皆不安を持って見守っています。
これから先は、職場の悩み話が多くなるような予感がします。


さ、私はまたmapでも書いて、
これからのことを考えなおしてみましょう。
勉強のこともここで整理できるかと思います。
何がしたいか、何ができるか、どれくらい時間はかかるか、
したくないことは何か、できないことは何か、
明確に落とし込む必要がありそうです。


新しいことを始めるには、ずいぶん遅い年齢であることは確かです。
それも含めて、考えなければなりません。

2015年3月23日月曜日

Yちゃん復活の巻

Yちゃんが気管支炎から無事復活されました。
しばらく前から疲れている感じだったので、
心配していましたが、お医者さんに処方していただいて、
しっかり休むことができたようで、
嬉しい限りです。
Yちゃん、気管支炎ですから、禁煙中。
ぷかぷか友達なので、早くそちらも復活しないかな。
心待ちにしています。
Yちゃんって、慣れ慣れしいですが、
60代の男性の方、とても優しい方なのです。
みんな大好きYちゃん。


そして、今日は第二弾、人事発表がありました。
すぐ傍で仕事をしておられる方が、
当部署へ来られることになりました。
ベテランの頼もしい方です。


人事異動に伴う書類の手続き等も色々あるのですが、
同時に歓送迎会の用意もスタートです。
隣の部署と合同で開催することになったので、
Nさんと二人でせっせとセッティング最中。


そういえば、昔も人事異動にドキドキしていた時代が
ありました。若い頃ですね。
より力強い組織、チームになっていくことができないかと、
個人的に思っていた時期でもありました。
でも、体力的、精神的についていけなくなって、
辞めてしまった私。
今や大きく成長したその会社の姿を仰いで、
いつの時代も人材を大切にし、
またその人材の溢れる才能を伸ばすことが、
会社存続の第一歩だと思うのです。

2015年3月22日日曜日

春の連休

お天気が良くて、暖かで、陽射しが優しく降りそそぐ、
そんな2連休は、天からの贈り物のようでした。
これだけゆっくりできると、気持ちも落ち着きます。


たっぷりお洗濯もして、
色々なものの埃をはたいて、陽にあてて、
お掃除も丁寧にして、
お昼寝もたっぷり。


問題は私の髪。
ボブからマッシュルームになり、
お手入れもしているのに、ぼさぼさです。
来週には綺麗にしに行きましょう。


一か月の間「フィフティ・シェイズ」シリーズを読みふける日々。
次はがつんと、あれ、を読みたい気分です。
でも、4月は慌ただしく忙しいから、
もう少し読みやすい本の方がいいのかも。
と悩んでいます。


「フィフティ・シェイズ」はエンタメと心理小説と、謎解きと、
ロマンス小説と官能小説をドッキングしたような本なので、
このクラスの本はなかなか無いような気がします。
それになんといっても主人公の二人が私好みでした。


いっそのこと文庫化を待っている「川の光」全3巻 松浦寿輝著、
このあたりがいいかもしれません。


明日は初めての課長引き継ぎの打ち合わせ3時間コース。
出来る限りの資料を集める作業を続けて、備えたいと思います。


お花が咲き始めたお庭を見ていると、
毎日がこんな風だと、かえってふやけてしまいそうな気がします。
メリハリがあるのはありがたいこと、と思わねば。

2015年3月21日土曜日

美味しい紅茶

今日は祝日でお休みの土曜日。
暖かくて、明るくて、気持ちもゆったり。


おやつには先日ホワイト・デーに頂いたフルーツ・ケーキを
紅茶と一緒に。


普段は珈琲党ですが、
紅茶も大好き。


お家では普段はトワイニングを飲んでいますが、
おやつの時などはフォートナム&メイソンをたっぷりと、
いただきます。
ミルクがとても合うブレンドが好きです。


前にはフォションのオレンジ・ペコが好きだったのですが、
包装が変わってからは、香りも以前ほど感じられなくなり、
とても残念です。
缶入りだと大丈夫かもしれませんね。
まだ、フォションの本店には行ったことがありません。
前を通りすぎただけでした。
その時にはエディアールに行ったのです。


それは別の話でした、脱線、脱線。


ここしばらく気にいっている紅茶は、
Uさんに教えていただいたマリアージュ・フレールの
マルコ・ポーロ。
瓶につめかえて、会社でほっこりするのに、
いただいています。
素晴らしい贅沢、素晴らしい散財。


暮らしの手帖で活躍された大橋鎮子さんに、
「すてきなあなたに」という本があります。
今は6巻まで出ていて、どなたかが書き続けておられるのでしょう。
その「すてきなあなたに」の第1巻の冒頭には、
紅茶の美味しいよばれ方が書かれています。


 温めたポットに、紅茶の葉をティースプーンで、
 あなたに一つ、私に一つ、ティーポットに一つ、
 入れましょう。


そんな内容だったかと思います。
心豊かになる内容がとても好きで、
大好きな本の一冊です。
もちろん紅茶を入れるときも、
その言葉をしっかりと守って。

2015年3月20日金曜日

不安満載

ようやく知ることができました。
I課長の後任には、隣の部署のK課長が兼任されるとのこと。
月曜日にはさっそく第一回目の打ち合わせで、
夕方に「資料があれば用意しといて~、何も知らんから」と言われ、
慌てて用意を始め、残業をしておりました。汗。


そうなんです、隣にいらっしゃるので、
お話することもありますし、
どういう方なのか、少しはわかっています。
こちらの部署の主要メンバーも冷や汗をかいています。
疑問がいっぱい、不安がいっぱい。
皆同じ思いのようです。


お仕事についてはドライにさばいてくださると思っていますが、
実際兼任が可能なのか、不安ですし、
隣の部署の仕事とは正反対の仕事内容なので、
どこまで対応が可能か、
どこまでメンバーのフォローができるか、
やってみないとわからないところです。


この先、同じ業務を携わる他の部署との統合も考えられます。
会社はアメーバのように自在に変化していく。
でもこのままの調子でやっていたら、
時代に取り残されてしまうことに、いつか気が付くかしら。


色々な職場を見てきたので、
それぞれの特色が興味深く感じられ、
ノンフィクションでも書けそうな気がしてきましたよ。

2015年3月19日木曜日

会食は延期

今日は楽しみにしていた会食だったのですが、
Yちゃんの体調が思わしくなく、
延期になってしまいました。


I課長と3人での会食ということで、
それぞれの本音で話ができるかと、
充実した内容を期待していただけに、
残念でありますが、
まずはYちゃんに復活していただかないと。


いまだ人事関係が霧に包まれており、
4月からの体制が見えておりません。
4月はとても忙しいので、
早く全貌が知りたいところ。


なんだか落ち着かないこの頃です。
なぐさめは「フィフティ・シェイズ」のおさらいです。
え?まだ読んでるの?

2015年3月18日水曜日

暖かい雨

夕方から雨が降り出しました。
春の暖かな雨。
木々も花も葉っぱも喜んで首を伸ばしています。


そのうちに春の嵐もやってくるでしょう。
ラッパスイセンの時期には、必ず。
そしてラッパスイセンはみな倒れてしまいます。
そうとわかっていても、
母は毎年ラッパスイセンを100球以上植え込みます。
ラッパスイセンが好きだから。


色々と考えながら「フィフティ・シェイズ」シリーズを読んでいます。
不思議な本です。
3回目ともなれば、この言葉、この行動、この表情の意味が
よくわかって、なおさら興味深くなっています。
謎解きが入っているのが、私の好みにもあっているようです。
どこかで総括してみましょうかね。


先日、古書店の伏見屋書林に読み終わった本を送りました。
もう専門的な本は手元には残っていないので、
当たり障りのない小説が中心です。
とっておきの本だけを手元に置くようにしているので、
新刊でも一度読んでしまうと、お別れしてしまいます。
大島弓子さんの新刊「キャット・ニップ」も入れておきました。
伏見屋さんとの共通項です。
大島弓子さんの本はきちんと揃えたいと思いながらも、
何故か、心のどこかが痛むので、
読むのがつらかったりします。
それほど、人に気持、心に入り込んだ作品が多いのでしょう。


明日も雨の予報。
浸水するレインブーツの登場です。

2015年3月17日火曜日

春日和

春がやってきたことを実感した、
暖かな一日でしたね。


会社の近くの雑木林では、
ホーホケ、ホーホケ鳴いているのが聞こえてきます。


家のお庭のようやく咲いた梅にはメジロたちが
蜜をつばみにやってきました。


ラッパスイセン、
シラー、
ムスカリ、
クロッカスが咲き始め、
チューリップも茎を伸ばしています。
薔薇たちの新芽も出始めました。


思わずコートを脱ぎたくなり、
陽射しの元でランチでもしたくなるようなぬくもり。
お水取りが終わったとたん、ですから、
暦どおりとなりました。


職場や仕事の悩みとか、
体調の不安などを忘れて、
これから本格的になる春の訪れを
楽しみたいと思っています。


さて、どのように過ごしましょうか。

2015年3月15日日曜日

3月は色々なことが起きる

3月中旬に入っても、相変わらず進路変更した読書は、
そのまま進んでいます。どこへ行きつくのか、この船は。
なんと3回目突入です。何故、ここまでこの本は私を魅了するのか。
自分でも、とても不思議です。
ただ単に、恋愛経験が乏しいから、新鮮に感じるのかもしれませんが。
ロマンスに~♪ 夢見る~♪ ツキスミ~♪


今週後半は、同じ職場の方の身内にご不幸があり、
遠くまで出かけることから始まりました。
数名で行くことができましたし、ナビをしてくれた男性もいて、
安心して行くことができましたが、
やはり気持は重いものです。
私の会社では、過去に少しでも関係のあった方などに何かあると、
すぐに皆が礼儀正しく動く、という特徴があります。
儀礼的ではなく、その人のことを思いやり、
立場を考え、行動に移している上司の方々を見ていると、
考えを改めるようになりました。
これまでは年齢的にも、立場的にも消極的だったのですが、
一つの礼儀に思いをこめて、ということは大切なことですね。


それから、私の部署で10年間お勤めをされていたI課長が、
異動されることが発表になりました。
私もこの5年間、大変お世話になり、
ややこしい仕事をいつも助けていただいていました。
同僚のおじさん達も驚き、動揺しています。
ああ、どうなっていくのか、この部署は。
また、途中の案件はどうなるのでしょうか。
これまで頼りにしていたI課長、存在感が大きかっただけに、
ショックが大きいのは、私だけではありません。
また、後任の課長が発表されていないので、
なんとも言い難いのですが、
心の整理がつかない日々であります。

「赤く微笑む春」

「赤く微笑む春」 ヨハン・テオリン著 三角和代訳 ハヤカワ・ポケミス


イェルロフ・ダーヴィッドソン元船長にかかわる、
スウェーデン、エーランド島での事件の数々。
第一作目は「黄昏に眠る秋」、
二作目は「冬の灯台が語るとき」。
この第二作目で完成度の高いミステリを読むことができました。
なので、この三作目も読んでみたいと。


説明するには複雑すぎるこのミステリ。
主人公の男性がいて、
その父親の過去が絡む殺人事件が大きな筋です。
その一方で、
村に引っ越してきた夫婦がややこしい関係です。
妻はこの村の出身で、イェルロフとも遠からず関係がある。
この女性の過去もこの小説の第二の筋です。


主人公の男性も家庭生活がありますし、
気にかかる娘の病気のことも同時進行です。


それからもう一つの魅力は、
このエーランド島の春の訪れの美しさ。
深い雪に閉ざされた冬を越して到来する春は、
人々の心にも影響を与えます。
その土地に根差した不思議な精霊たちも現れ、
人間味豊かに描かれたその姿は、登場人物の心理に反映されます。


実はミステリとしては、
それほど困難な内容ではないのですが、
人間心理の描写と人々の活動とのコントラストが、
しっかりと彫り込まれていて、
じっくりと読ませます。


このようなミステリはあまりお目にかかったことがありません。
ミステリのような小説のような。
主人公たちに幸せが訪れてくれればいいな、と思わせる、
味わい深いミステリです。

2015年3月11日水曜日

さむざむ

昨日は奈良北部もかなりの雪が降りました。
積もるほどではありませんでしたが、
かなり冷えこんでいたのは、たしかです。
夕方で4℃と表示が出ていました。


お風呂に入っても、なぜか温まらず、
お布団に入っても、寒々としていて、
たまらずもう一度暖房を入れ直して、
なんとウールのセーターを着たまま寝ました。


今日も寒い一日でした。
カイロを2個も貼っています。


風邪っぽくはないのですが、
用心しておこうと思います。


花粉も飛んでいますから、
まわりの人も体調管理にひと苦労しています。
皆様、ご自愛ください。

「言葉と歩く日記」

「言葉と歩く日記」 多和田葉子著 岩波新書


多和田さんは実に言葉に敏感な人ですね。
それはきっとドイツに長年住んでおられるということもあるでしょうし、
ドイツ語で作品を発表しているということもあるでしょう。
でもその前に、言葉に敏感に反応してしまう体質のように感じます。


“言語はわたしにとって体系でなく、一種の「できごと」なのでは
 ないかと気づいた時、日記という形式がわたしにとっては言語
 について書き記すのにふさわしいのではないかと思った。
 自分の身に毎日どんなことが起こるか、予想できないし、
 操作もできない。誰に会うかは、相手が拒否しない限り、
 ある程度自分で決められるが、その人が何を言い出すかは
 予想できない。言葉は常に驚きなのだ。”


言葉から想起されることや、言葉遊び、音の響き、言語の違い、
言葉一つからたくさんの気づきを得て、それは小説にも影響を
与えていることでしょう。


小説家、詩人の多和田さんの日々を垣間見られるという楽しさも
あります。


ただ、誰にでも楽しく読めるか?と言われると、
好みがかなり影響するかと思われます。


この日記がさらに進んでいく可能性も感じられる、
興味深い一冊です。

3月11日

早春の兆しが見え始めた頃にやってきた大震災。
大きな地震の後、
襲ってきた大津波になすすべもなかった。
あれからまだ4年、もう4年。
行方不明の家族を探し続ける人たち、
仮設住宅で不便な暮らしを続ける人たち、
大切な人を失って傷ついた心を癒すことができない人たち。


そして大きな被害を受けた福島原発から、
避難を強いられている人たち、
原発の処理に携わっている人たち。


4年も経っているのに、
大きな展望は確かめることができません。


小さな輪がこつこつと活動しておられ、
人々の心に光を灯すことに心をくだいている人たちも
大勢いらっしゃいます。


大きな事業は国力で多額のお金と人を必要とします。
まだまだやるべきことがたくさんあると思われます。


小さなことでよいから、
何かしなくては、とわずかな寄付などはできるけれど、
もっとしっかりと手助けできることがあればいいのに、
と、自分に問いかけしてはみるものの、
ほんとに何もできない。
被災地の物を購入するくらいしか。


被災地から遠く離れている人たちは、
きっと同じような思いをもっているのではないでしょうか。


あまりに大きな被害です。
私たちの抱える大きな課題を残して、
時間だけが経っていってしまっているような気がします。

2015年3月8日日曜日

何もかもほったらかしで

ひとまず例の本「フィフティ・シェイズ」シリーズを読み終えました。
それから、一気読みの後にありがちな、復習読書をしています。


どうやってアナスタシアはクリスチャンを理解していったか。
どのようにクリスチャンは解放されるに至ったか。


この2点にポイントを置いて読み返しています。


そのような作業も必要無しに、ただ楽しむだけでも十分ですが、
何分性分のゆえ、どのようにこの作品が書かれたのかまで、
気になってきました。


でも、これはあくまでも女性向きの本です。
そういう点では失格。


この本を読んで、勘違いする女性も現れるかもしれません。
はい、決して王子様はやってきません。
恋愛については、否定的です。
クリスチャンみたいな理由ではありませんが。


とても勉強になる部分もあります。
男性は他の星からやってきたのよ。とママがアナに話します。
これは、男性にとっても、同じことが言えるでしょう。
お互いに違いを尊重できればいいのですがね。


私にとってロマンスを味わう本では、
オースティンが最高だと思うのですが、
ま、こういった小説も一つ体験でしょうか。

「献灯使」

「献灯使」 多和田葉子著 講談社


震災後の日本にて読まれるにふさわしい短編がいくつか
並べられています。


「献灯使」
「韋駄天どこまでも」
「不死の島」
「彼岸」
「動物たちのバベル」


表題の「献灯使」は単なるディストピア文学にとどまらないような
気がします。
確かに未来にはこのような日本があるかもしれない。
でも、人間は前に進んでいく力が潜んでいる。
だから、そのままで終わってしまうことはないだろう、
そんな考えを導き出すような作品でした。
多和田さんが『未来小説を書いたのではなく、
現代社会に潜在的に含まれているものを描いたつもりです。』と
おっしゃっているように、“今”を示唆しており、
“現代”を見つめる必要も感じられる小説です。


多和田さんの作品には色々と特色がありますが、
どれも多和田さんらしさが表れています。


個人的に言葉のゲームは苦手としているので、
そのあたりはさらりと読ませていただきました。


全く違う作品ではあるのですが、
小川洋子さんの「密やかな結晶」も、
ディストピア小説のような感覚がありました。
ゆえにラストシーンが嬉しく思われたんですが、
この「献灯使」は明るいラストではありません。
闇は簡単に消えることはありません。
ゆえに現実により近く感じられました。

2015年3月4日水曜日

7時間

暇人でもないのに、
通算7時間も読んでおりました。
例の本の続きです。


学生の頃は本を読んでいないに等しいので、
お恥ずかしい限りです。
一番時間があって、かえって気ままな読書をしていました。
学業のための読書は・・・記憶にありません。


これまでの一番長時間読んだと思うのは、
講談社文庫から出ていた「三銃士」シリーズ13巻。
3日間昼も夜も読みふけりました。
途中で途切れたら、近くにあったリブロへ自転車こいで走って、
数冊買い込んで、また読んでの繰り返し。
自分でもあきれましたが、疲れました。
これに懲りて、トップスピードの長時間読書は避けるようにしています。
やっぱり良い本はじっくり味わいたいものですね。


昨日はお医者さん通院のため、お休みをとっていました。
で、本屋さんに直行して、例の本を買い込んで、
せっせとcafeを梯子しながら読んでいたのでした。
楽しい本を読んでいる時はあっという間ですね。


その例の本は、なかなかのものです。
出来過ぎは別として、単純に楽しいです。
もちろん、嫌いな人もいるでしょう。


この集中読書は少々中毒性がありますから、
次も大作を読みたい気分です。
あれかな?

2015年3月2日月曜日

3月ではありませんか

もう2月が終わったわ・・・と思いながら、
事務所のあちらこちらのカレンダーをめくっていて、
ふと、これは3月が到来した!ということだ!
今さらながら実感したのです。


3月、通称お水取り『修二会』も松明が掲げられるようになり、
ようやく春に近づいた気がします。


今日は一日早めのお雛さん。
この歳で・・・と言われそうですが、
親にとっては、ただ一人の娘で、
いつまでたっても一人前にならない子供のままです。
感謝をこめて飾りをし、
ひなちらしをよばれ、苺のショートケーキでそれらしく。


ますます3月という感じです。


2月は何もしないで終わってしまったので、
この3月はせめてプルースト10巻を読み上げることにしましょうか。
後は残り4冊の読了本のメモをしたためて。


今は松浦寿輝さんの「青天有月」をぽつりぽつり読んでいます。
とても落ち着きます。

2015年3月1日日曜日

クリスマスローズが咲いています

お庭には、少しずつ緑が目につくようになってきました。
今はクリスマスローズの季節です。
白い大きな花をつけています。
ボルドーもあったはずですが、今年は咲かないのかもしれません。


自分でお庭を作るのなら、
また違ったスタイルを目指すところですが、
ここはのんびりと無責任に眺めるお庭です。


あれほどズキズキしていた偏頭痛がとれて、
どよーんとする前頭葉の痛みも無く、
普通に生活できるようになりました。
どこまで続くかわかりませんが、
このまましばらく保てれば嬉しいです。


お勉強をしばらくしていませんが、
そうすると方向が見えなくなりつつあります。
これからのため、何か手がかりになるように、
お勉強をしていこうと思ってはいますが、
心の底では別のことがしたいと言っています。
でもそれは単なる趣味なので、今はそのタイミングとちゃうで、
と自分に言い聞かせています
何のためにお勉強をするのか、
よおく考え直したいと思います。

「バルナブース」に目をとおしてみました

1920年代のパリに憧れ、
NRFという名前を聞くだけで、どきどきしてしまう、
そんな人にはヴァレリー・ラルボーはとっておきの人です。


シェイクスピア&カンパニー書店のシルヴィア・ビーチを助け、
ジョイスの「ユリシーズ」の出版に貢献した人としても知られています。


ラルボーの作品で読んだことがあるのは「幼なごころ」で、
とても気にいっていましたが、「恋人たち、幸せな恋人たち」や
「罰せられざる悪徳・読書」は入手はしたものの、
なぜか読む気になれず、今に至っています。
代表作である「A.O.バルナブース全集」は、長い間その名前に
惹かれていて、いつか読んでみたいと思っていた本です。


ついに岩崎力さんの訳で岩波文庫から出版されたので、
大喜びでありました。


で、その本の知識は何もなく読み出したのではありますが。
何か馴染めない。
ついて行けない。
一ページごとに目を走らせてみても、
ちっとも親しみが感じられない。
すごく捻ったエスプリも苦手だし。
バルナブースが客観的に世界を見て、記述しているのは
わからないことはないけれど、共有できない哀しさよ。
友人との会話も絵空事のようで、
楽しむに至らない。


というわけで、読者失格の烙印を押したのでした。


訳者の岩崎力さんはユルスナールの友人、訳者として
身近に感じられる人ではありますが、
「ヴァルロワまで」というタイトルのエッセイからして、
ラルボーを愛する方なので、友人失格でもあります。


その上、堀江敏幸さんもラルボー好きでおられます。


とても残念な結果に終わり、
もう少し努力をするべきなのか、
悩むところです。