「黒の過程」 マルグリット・ユルスナール著 岩崎力訳 白水社
今日はゼノンの異父妹のその後の生活について続き、
そして20年ぶりに再会をはたしたアンリ=マクシミリアンとゼノンとの
間で交わされた会話の部分を読みました。
ゼノンの異父妹はマルタ。
幼いときから付き添っている乳母の影響を受け、
福音主義の道を辿ります。
そしてその地を襲った病により周りの人々を失い、
神により莫大な相続を受ける運命の印を刻印されたのでした。
“彼女の持参金は妻としての権威を十倍にもするものであり、
二つの巨大な財産を結合させることは、
分別のある娘にとって、背いてはならない義務であることを
彼女自身十分に承知していた”
そのため、彼女はアンリ=マクシミリアンの鈍重な弟と許婚の関係を
受け入れることになります。
そして、場所はインスブルック。
イタリアから密名を帯びてやってきているアンリ=マクシミリアンは、
偶然その地に潜んでいたゼノンと再会し、
互いのそれまでの歩みを語り合います。
ゼノン40歳。これまでの経験から得た教訓について、
己の独自の立場から独白します。
世の中のことがわかりはじめ、まだこれから先のことはわからないと言う。
ゼノンという人物がどのように生きたか。
考える対象は現代社会とは異なるのですが、
社会に対する疑問、人間の愚行について、これからの世界の変化についての
語りを読んでいると、細かい具体的なことや古典の引用などはわからないものの、
人間の思考の方向性に納得させられるところがあります。
“空間にのびた道をうろつきながら、《彼方》がぼくを待っているということを
《此処》で知ったから・・・ぼくはぼくなりに時間の街道で冒険を試みようと
したということだ。・・・ぼくはそういう試みに疲れ果てたのだ。”
ゼノンのような異端の人間が行く道をゼノンはどう考えているのでしょうか。
“われわれの蒸留瓶からいつか彗星が飛び出すことがないかどうか、
誰が知っているだろう?われわれの省察がわれわれをどこまで
導くかを考えると、アンリ、人がぼくらを火刑にするというのも
さほど驚くべきことではないように思えてくるのだ。”
そして、こう述べます。
“ぼくの書いた『未来予測』にたいする追求が、
ますますきびしくなっているという噂だ。ぼくへの断罪について
まだなにも決まってはいないが、しかし近々警戒を要する日々が
来ることはまちがいない。”
ゼノンは多難の道をどう辿っていくのでしょうか。