2012年3月29日木曜日
「本の音」
「本の音」 堀江敏幸著 中公文庫
この小さな本を読み終えるのにすっかり5か月もかかりました。
ここにあるのは書評集ではあるのですが、
感想でもあり、批評でもあり、評論でもある内容の濃いものだからでしょう。
一つ一つの作品にすっぽりと入りこみ、
堀江さんの頭脳というフィルターにかかって表れる言葉たちは、
そう簡単に噛み砕くことはできません。
その上に感情もラム酒のように染み込んでいるのです。
ほとんどは読んだことのない本なので、
読書はなおさら難しくなります。
一つ一つの書評はその都度いったん閉じられています。
そこをまた再び山を登るように歩き出すのでした。
それでも堀江さんの紡ぎだす言葉に誘われて、
少しずつぽつりぽつりと進んでようやくフィニッシュ。
これほど内容の詰まった本が文庫本になっているなんて、
とても贅沢なことだと思いつつ、
本を眺めています。
おかしな写真ですが、かんべんしてください。
なかなか上達しないままで申し訳ありません。
2012年3月25日日曜日
須賀敦子さんの年譜を読む
昨夜になって急に須賀敦子さんの命日は3月だったことを思い出し、
全集8巻を取り出して調べてみました。
松山巌さんの詳細な年譜によると、1998年の3月20日に亡くなられています。
もうそんなに時間が経っていたのでした。
神戸にあるお墓には知人とお参りをさせていただいたことがあります。
その後もう一度一人で伺いました。
遠く海の見える生まれ故郷に帰ってこられた須賀さんは、
ご家族と一緒に眠っておられます。
もう少し暖かくなったら、再度お会いしに出かけたいと思っています。
魂をお慰めすることが最も大切なのですが、
自分を叱咤激励していただくためのようなものです。
まったく面識もない一人の馬鹿者がお訪ねしても迷惑だとは思いますが。
昨夜はそうしてしばらく年譜をさかのぼりながら読んでいたのでした。
40歳を過ぎて、東京へ帰ってこられてからも積極的に動いておられます。
翻訳や執筆、授業、エマウスの活動、人との会合など、
実にお忙しく、充実されていたと思われます。
そこに至るまでのイタリアでの生活も辿ってみました。
ローマへの留学、ダヴィデ神父との面会、コルシア書店の活動への参加、
ミラノへの移住、そして結婚。
その間にも現地の日本人との方々との交流や、
神学の勉強、執筆、翻訳と地道に勉強をされていたようです。
長い間、神学や文学を中心とした勉強をコツコツと重ねておられた結果、
英語、フランス語、イタリア語と語学もさらに磨きをかけられて、
知らずとも自らを成熟へと導いておられたのでしょう。
基本的に須賀さんは人との交流がお好きだったのではないでしょうか。
広い人脈はカトリック関係の人々を中心にさらに広がっていたようですし、
門戸を広げられていたように感じさせられます。
イタリアでの生活以後のことは、のちに書かれた作品のベースになっていますので、
私たち読者は作品を念頭に置きながら、年譜を追うことになります。
残された日記を読むと、普通の人と変わりのないように
須賀さんも迷ったり、悩んだりされていたようですが、
まず芯となるもの、核となるものが出来上がりつつあった頃の日記ですから、
その強さに驚かされます。
一人外国に出かけ外国人の間で暮らしたこともその強さを育てる理由になったでしょう。
それにしても、イタリアの生活とイタリア留学以前のフランス留学、
カトリックの洗礼を受けられたことが後々の基盤となっていることを考慮すると、
やはり幼いころからの環境や、育ち方、成長期の過ごし方などが、
須賀さんの生き方に大きく影響を及ぼしているはずだと思われます。
作品のなかでは、するすると流れるように、自明のことのように感じられますが、
須賀さんはそういった自分を作り上げた背景をどのように捉えていたのでしょうか。
あの魅力あふれる作品を繰り返し読み、
その人間性や生き方まで関心を引かれるのですから、
須賀さんは自分にとってはあまりにも大きな人間なのでした。
仮に理解できたとしても、須賀さんに及ぶことは全く無いわけですし、
何のために須賀さんの本や人生について考えているのかわからないといえば、
不明ですが、追いかけるようにしてでも、そのように強く生きてみたいと
思わさせる須賀さんの人生なのです。
全集8巻を取り出して調べてみました。
松山巌さんの詳細な年譜によると、1998年の3月20日に亡くなられています。
もうそんなに時間が経っていたのでした。
神戸にあるお墓には知人とお参りをさせていただいたことがあります。
その後もう一度一人で伺いました。
遠く海の見える生まれ故郷に帰ってこられた須賀さんは、
ご家族と一緒に眠っておられます。
もう少し暖かくなったら、再度お会いしに出かけたいと思っています。
魂をお慰めすることが最も大切なのですが、
自分を叱咤激励していただくためのようなものです。
まったく面識もない一人の馬鹿者がお訪ねしても迷惑だとは思いますが。
昨夜はそうしてしばらく年譜をさかのぼりながら読んでいたのでした。
40歳を過ぎて、東京へ帰ってこられてからも積極的に動いておられます。
翻訳や執筆、授業、エマウスの活動、人との会合など、
実にお忙しく、充実されていたと思われます。
そこに至るまでのイタリアでの生活も辿ってみました。
ローマへの留学、ダヴィデ神父との面会、コルシア書店の活動への参加、
ミラノへの移住、そして結婚。
その間にも現地の日本人との方々との交流や、
神学の勉強、執筆、翻訳と地道に勉強をされていたようです。
長い間、神学や文学を中心とした勉強をコツコツと重ねておられた結果、
英語、フランス語、イタリア語と語学もさらに磨きをかけられて、
知らずとも自らを成熟へと導いておられたのでしょう。
基本的に須賀さんは人との交流がお好きだったのではないでしょうか。
広い人脈はカトリック関係の人々を中心にさらに広がっていたようですし、
門戸を広げられていたように感じさせられます。
イタリアでの生活以後のことは、のちに書かれた作品のベースになっていますので、
私たち読者は作品を念頭に置きながら、年譜を追うことになります。
残された日記を読むと、普通の人と変わりのないように
須賀さんも迷ったり、悩んだりされていたようですが、
まず芯となるもの、核となるものが出来上がりつつあった頃の日記ですから、
その強さに驚かされます。
一人外国に出かけ外国人の間で暮らしたこともその強さを育てる理由になったでしょう。
それにしても、イタリアの生活とイタリア留学以前のフランス留学、
カトリックの洗礼を受けられたことが後々の基盤となっていることを考慮すると、
やはり幼いころからの環境や、育ち方、成長期の過ごし方などが、
須賀さんの生き方に大きく影響を及ぼしているはずだと思われます。
作品のなかでは、するすると流れるように、自明のことのように感じられますが、
須賀さんはそういった自分を作り上げた背景をどのように捉えていたのでしょうか。
あの魅力あふれる作品を繰り返し読み、
その人間性や生き方まで関心を引かれるのですから、
須賀さんは自分にとってはあまりにも大きな人間なのでした。
仮に理解できたとしても、須賀さんに及ぶことは全く無いわけですし、
何のために須賀さんの本や人生について考えているのかわからないといえば、
不明ですが、追いかけるようにしてでも、そのように強く生きてみたいと
思わさせる須賀さんの人生なのです。
2012年3月22日木曜日
柄谷行人さん「なぜ古典を読むのか」
朝日新聞日曜版で1年間続いた「読みたい古典」。
上下二回にわたって識者が様々な古典を読み解くシリーズでした。
いつでも読めると思って、
気になった本のときにしか目を通していなかったのですが、
最終回がやってきました。
ここで基本に帰って「なぜ古典を読むのか」、
柄谷行人さんが語っています。
↓
http://book.asahi.com/reviews/column/2012032100009.html
気になった言葉は、
“現実から遊離した思想を否定するなら、それは現実肯定に堕する。
読み手も現状の枠組みから飛び出て考える、能動的に本に参加
しないと見えてこないことがある。”
頷きながらも困難なことだけに真似はそうそうできない。
当たり前のことのだけど、こういう発言にはなかなか出会えない。
以前から柄谷さんの発言には感心があるにはあるのですが、
とてもそこまで読書は及びません。
でも基本を学び、オリジナリティを発揮させるためにも、
たくさんの古典や考えることを促す本を読まねばなりません。
飛び立つのはさらに難しいのですよね。
上下二回にわたって識者が様々な古典を読み解くシリーズでした。
いつでも読めると思って、
気になった本のときにしか目を通していなかったのですが、
最終回がやってきました。
ここで基本に帰って「なぜ古典を読むのか」、
柄谷行人さんが語っています。
↓
http://book.asahi.com/reviews/column/2012032100009.html
気になった言葉は、
“現実から遊離した思想を否定するなら、それは現実肯定に堕する。
読み手も現状の枠組みから飛び出て考える、能動的に本に参加
しないと見えてこないことがある。”
頷きながらも困難なことだけに真似はそうそうできない。
当たり前のことのだけど、こういう発言にはなかなか出会えない。
以前から柄谷さんの発言には感心があるにはあるのですが、
とてもそこまで読書は及びません。
でも基本を学び、オリジナリティを発揮させるためにも、
たくさんの古典や考えることを促す本を読まねばなりません。
飛び立つのはさらに難しいのですよね。
2012年3月20日火曜日
助かる連休
今日は祝日で明日は定休日と連休です。
一日出勤しただけでぐったりしてしまったので、
ほんとに助かります。
今日も一日ほとんど寝ていました。
本を手に取ってベッドにもたれかけただけで、
うとうととしてしまいます。
起きているときも何にも手につかない。
いわゆる鬱ですな。
薬も飲んでいるので、頭を休ませること以外方法がありません。
焦らず、のんびり、マイペースを合言葉に、
御病気の方々、ゆっくりやっていきましょう。
(同じ病気の方で読者の方はいらっしゃるでしょうか・・・)
昨日はもう店頭に並んでいるとの情報を得て、
堀江敏幸さんの新刊「振り子で言葉を探るように」毎日新聞社を
買いにいきました。
書評を集めた本で「本の音」に収録されなかったものも含んでいるからか、
分厚い、重い、読み応えありそうです。
きっと大好きなミシェル・ビュトール「心変わり」の
あの素敵な書評も載っているでしょう。
目次をみているだけでわくわくしてしまいます。
3週間近く遅れて今頃梅の花が満開です。
梅は色が華やかですね。
家の梅は今年はあまり咲いていませんが、
ミニミニラッパ水仙が可愛いので写真を撮ってみました。
2012年3月18日日曜日
日曜日
7時一度目が覚めるが、薬を飲んで再び眠りに入る。
12時もうろうとしながら起きる。
デジュネ。休みの日のお昼は両親と一緒にパンをメインとした
卵や野菜たっぷりの健康的な食事を食べる。
洗濯をして昼寝。
身体も頭も重くて、一日中寝ていた。
ベッドに横になっただけで寝てしまう。
夕食後ようやく頭が回ってきた感じ。
今のうちにちょっとは本を読もうか。
日曜日の日経・朝日・毎日に加えて、
ネットで読売新聞の書評もチェックしている。
ミラン・クンデラの新刊「出会い」が朝日で取り上げられている。
一応読んでおきたいのだが、どうしたものか。
岩波文庫も読みたい新刊が目白押し。
ジャン・ジオノ「丘」は先日読んだ「木を植えた男」に続いてタイムリーだ。
どんな人生を送るか、どのように世界を捉えるか、そういったことを
教えられるような気がする。
それならばやはりパヴェーゼの「流刑」も必須だろう。
パヴェーゼの独特な埃っぽい感じが実は好きではない。
しかしイタリアの戦中を生き抜いた知識人としての作品は、
読んでおいたほうがいいように思う。
雰囲気は一転して「ウェイクフィールドの牧師」。
これは「若草物語」でジョーがこっそり読んでいて大笑いしてしまったという、
あの小説だ。どんな話なのか興味深々。
みすず書房にも読みたい本が次々出ている。
これはセレクトをしっかりしていつか注文しよう。
今月は堀江敏幸さんの新刊が2冊出る予定。
本命を読むことが大切なのだが、
何故か手元には借りた本が数冊あって、
これをクリアしないと申し訳ないので、
一応目は通しておこうと思う。
写真はそういう本たち。
2012年3月17日土曜日
土曜日
7時起床。昨夜は22時半には寝たのでだいぶ楽。
外は雨。予報通りだ。パンとコーヒーの朝食。
土曜日のダイヤを考慮して出社。
午前中は支払処理やら、経理処理やら、
外注の書類の処理やらをせっせことこなす。
割と早めにクリアできた。
ランチはいつものカスクートとイチジクパンと紅茶。
午後一番に恐ろしい眠気がやってきて、
誰もいないことを幸いに15分くらい仮眠。
後はすっきり、めんどうな年度末関係の書類作成の仕事にかかる。
2種類ほどのそのような書類を片付けて終了。
今週も終わった。
昨日はかなり前頭葉が石が乗っかったみたいに痛かったので、
今日の具合が心配だったが、どうにか乗り切った。
隣の頓智おじさんとチェルシーの新製品の交換をした。
なぜかチェルシーが好きらしい。
こちらも新製品が出ているとついチェックしてしまうので、
面白がって感想を言い合っている。
アロマというタイプは芳香剤の匂いがするとか言っていたが、
これは頓智を通り過ぎていると思う。
帰宅して、家族そろってワインを開けてミニ宴会。
笑いがはじける。
今夜も本を読まずに終わってしまう。
本を読むことで、色々なことがリセットされたり、
気分が前向きになったり、ちょっとは考えたりと、
本を読む良さはたくさんあるのに、
普段はなかなか時間が取れないのが悩み。
外は雨。予報通りだ。パンとコーヒーの朝食。
土曜日のダイヤを考慮して出社。
午前中は支払処理やら、経理処理やら、
外注の書類の処理やらをせっせことこなす。
割と早めにクリアできた。
ランチはいつものカスクートとイチジクパンと紅茶。
午後一番に恐ろしい眠気がやってきて、
誰もいないことを幸いに15分くらい仮眠。
後はすっきり、めんどうな年度末関係の書類作成の仕事にかかる。
2種類ほどのそのような書類を片付けて終了。
今週も終わった。
昨日はかなり前頭葉が石が乗っかったみたいに痛かったので、
今日の具合が心配だったが、どうにか乗り切った。
隣の頓智おじさんとチェルシーの新製品の交換をした。
なぜかチェルシーが好きらしい。
こちらも新製品が出ているとついチェックしてしまうので、
面白がって感想を言い合っている。
アロマというタイプは芳香剤の匂いがするとか言っていたが、
これは頓智を通り過ぎていると思う。
帰宅して、家族そろってワインを開けてミニ宴会。
笑いがはじける。
今夜も本を読まずに終わってしまう。
本を読むことで、色々なことがリセットされたり、
気分が前向きになったり、ちょっとは考えたりと、
本を読む良さはたくさんあるのに、
普段はなかなか時間が取れないのが悩み。
2012年3月16日金曜日
金曜日
7時起床。パンとコーヒーの朝食。
肩を丸めて(猫背なので)出社。
やりかけの仕事などを片付けて、
大阪の本社へ書類を届けに出かける。
お昼はめずらしく石焼ビビンバとギョーザ入りスープの韓国メニュー。
朝から寒気を感じていたので温まろうと考えたから。
昼過ぎに事務所に戻り、
色々なバリエーションのデータ入力。
ネットのニュースで吉本隆明氏が亡くなったことを知る。
現代社会を代表する不死身の思想家がついに鬼籍に入られた。
戦後の知識人、思想家、学者が次々とこの世を去っていかれる。
そのあとに続く戦後生まれの人たちがどのように振る舞い、
有意義な意見を述べていくのか、社会が見守っていかなければならない。
帰宅後、明石から頂いたいかなごの釘煮をのっけて美味しい白米を食べる。
9時には菊屋のおはぎも届いて、またまた時間外のおやつ。美味しい。
毎晩9時ごろになるとMおじさんからショートメールが入る。
その日の仕事のねぎらいと、おやすみコールなのだが、
駄洒落まじりなので、わけがわからないことが多い。
今夜は“せんちゅうにはっさく”。???
わからなくても有難く挨拶を返信することにしている。
2012年3月15日木曜日
木曜日
7時起床。パンとコーヒーの朝食。
今朝も寒い。
いつまで冬が続くのだろうと思いながら出社。
休み明けはデスクに積み上げられた書類の整理から始まる。
火曜の夜と水曜日にできた山を崩しながら、
あちこちに連絡をとったり。
11時銀行へ出向く。
昼はいつものカスクートと天然酵母のパンと紅茶。
好きなものを食べるのは幸せだが、このせいで太っていくのだろうか。
先日“これから7㌔痩せたら、美味しいフレンチをご馳走する”と、
Yおじさんと約束をして念書までとったのに、これではとても無理。
午後はデータ入力の仕事に精を出す。
カシカシとPCに向かっているうちに幸いにも夕方になった。
帰りがけ、風が強くて、体が冷える。
ホワイトデーの贈り物は今日でおしまい。
最後はマンゴーのジャム×2と日向蜜柑のジャム×2だった。
沢山頂いたけど、残念ながらジャムは食べないのだ。
「みすず書房の本棚」みすずのPR誌が届いているので、
今晩はこれをゆっくり読むことにしよう。
とりあえず願うは、この寒さが去って、春らしい陽気が訪れてほしい。
鶯の声は2回聞いたけれど、毎年のようにうるさいくらい鳴いてほしいものだ。
そういえば、この冬はメジロを一度も見かけない。
どこにいるのだろう?
今週はお月さんも見えない。
どこにいるの?(天文学音痴・・・)
2012年3月14日水曜日
水曜日
今日は定休日。
午前中11時までぐっすりと寝る。
もぞもぞと起きだして洗濯。
12時デジュネ。
食後は再び洗濯。
2時半から4時まで昼寝。
この昼寝がお休みの日の楽しみで、
何も考えずにすぅっと眠ってしまう。
4時お茶。
夕方は洗濯物の片付けや靴磨きなど
身の回りの用事。
6時半から今夜のメニュー、カルボナーラを作る。
とてもよいベーコンとアスパラと、
生クリームがあったからだが、
仕上がりには少々不満が残った。
パスタ料理の研究が必要。
食後はユルスナール「北の古文書」を少し読む。
ヨーロッパの歴史に不案内なので、
ほとんどわからないと言っていい。
画家ルーベンスが遠縁にあたるらしく、
その部分はかろうじて想像できた。
かつてミュンヘンのアルテ・ピナコテークで
(正しくはアルテは改修中だったのでノイエ・ピナコテークで)
ルーベンスの大作をうんざりするほど観たので、
その印象が強く残っている。
全く好みに反する作品だったので、驚いたほどだった。
今日は陽射しが明るく、寒いけれども過ごしやすい日だった。
まあほとんど寝ているわけだが。
ここしばらく体調が停滞しているので、
寝ることを中心に、がんばらないことにしている。
会社に行っても以前のように楽しくないのが、残念だ。
もうちょっと神経がタフだったらいいと思う。
最近は“あかんたれ”と呼ばれたりしているのだ。
2012年3月13日火曜日
火曜日
7時起床。今日もパン1個とコーヒーの朝食。
今朝も冷たく思わず手袋を着用して出社。
朝からホワイトデーの贈り物がデスクにうず高く積んであって驚く。
皆様ありがとうございます。
午前中は書類の仕訳が中心の仕事。
ランチはカスクートと天然酵母のイチジク入りのパンと紅茶。
午後、データ入力をしていたら、立て続けに電話が入る。
担当者に割り振ったり、地図を出したりであわただしい。
夕方、大阪市内の本社へ書類の提出に向かう。
本社の仕事が終わった後は、
今日は月に一度の診察日でかかりつけのお医者さんへ。
待ち時間がたっぷりあるので、その間京阪シティモールで一休み。
写真はそこの7階にある喫茶店からの眺めです。
4月になったら大川沿いに桜が満開になり、素晴らしい景観となります。
同じ7階にはジュンク堂があり、ゆっくりできるのもいいところ。
さて、お医者さんには体調のことなどじっくりと相談して、20時に終了。
お薬を出してもらい、さぁ晩御飯だ。
今晩は古潭でぎょうざラーメンの味噌味。
ここ最近はとんこつに押されていますが、やっぱり味噌が好き。
北海道びいきです。
昔は“どさん子ラーメン”とかあったよなぁ。
帰りが遅くなったので、新聞にざっと目を通しただけで、
本日は読書無し。
日経新聞の朝刊の十選で“中南米のヒロイン”が始まっていて、
あまり聞いたことのない女性が取り上げられている。
これはチェックしておかないと。
後はお風呂に入って、寝るだけ。
2012年3月12日月曜日
月曜日
たまには日常の様子など書いてみるのもいいのではと思い、
今日は月曜日、一週間続けてみましょう。
朝、7時起床。パン1個とコーヒー1杯の朝食。
冬の逆戻りのような冷え込みの中を出社。
午前中は経理システムをカシカシと動かし、一著上がり。
その間にも月曜日らしくがんがんと電話が入る。
お昼はおかずパンと甘いパンと紅茶と蒜山ヨーグルト。
午後も電話が相次いで入り、さばくのに忙しい。
合間を縫ってデータの入力作業をこなす。
毎日のことだけど、隣のおじさんが頓智話ばかりしてうるさい。
相槌を打ちながら、そのうち席替えさせられると思うのであった。
18時前に上がり、いそいそと家路につく。
お夕飯を頂いて、早めのホワイトデーとして頂戴したお菓子をつまむ。
ううむ、春だからかイチゴ味のクッキーとチョコレートが多い。
今日のトラブルは、システム担当からの“警告”。
2月のある日のある1時間の間にアマゾンのHPを962回もクリックしたらしい。
そんな馬鹿な。1時間で962回!?
そもそもアマゾンのHPなんてほとんど見ることないし。
システム担当に問い合わせたら、たぶんバナー広告にひっかかっていたのではないかとのこと。
こんなことで“警告”を受けて、上司に報告されるなんて、
ここのところついておりません・・・
夜は昨日の毎日新聞の書評に目を通す。
ほぼすべてが震災関係の本であった。
中でも、加藤典洋さんの「3.11 死に神に突き飛ばされる」が気になった。
9時を過ぎたら、いつも覗いているHPやブログなどをチェックする時間。
先週から前頭葉の頭痛(じっとりと重い感じ)がするので要注意。
11時には就寝の予定。
2012年3月11日日曜日
「木を植えた男」
「木を植えた男」 ジャン・ジオノ著 村松定史・梅比良眞史訳 第三書房
「木を植えた男」という絵本があることと、
ジャン・ジオノという作家がいることは知ってはいたものの、
よくわからずにこの年齢まで来てしまいました。
書店のフランス語学習のコーナーでこの対訳本を見つけて、
読んでみることにしました。
フランス語は難しそうで、いくら解説がついているとはいえ、
お手上げです。で、日本語訳の部分のページを繰ってみます。
タイトルで基本的なことは想像できますが、
思っていたよりもスケールの大きな話で驚きました。
そして文章もがっちりと堅牢なたたずまいで、
実直さがまさに本当の話のように感じさせられました。
そう、これは可能な話なのだと思わせるのです。
無為の行いを数十年も一人で続けた男こそ立派なのですが、
それに応えた木の生命力の素晴らしさが物語を完成させます。
自然の破壊力をまざまざと知らされた私たちですが、
生命力の見事さも自然のものです。
人間と自然との共存はいつまでも追い求められる理想でしょう。
経済活動と自然保全との調和がいつの日か見られたらと思うのでした。
作者のジャン・ジオノについては確か載っていたはず、と、
「作家の家」 西村書店 を取り出して読んでみました。
南プロヴァンスを生涯愛し、離れることがなかった作家とあります。
岩波文庫で処女作の「丘」が出ているので、
チェックしてみましょう。
2012年3月10日土曜日
堀井和子さんの本
堀井和子さんの本とは長いお付き合いになります。
とはいっても2000年過ぎから出されている本は
あまり手に取ることがありません。
たぶんいつもの素敵な写真が少ないからだと思います。
1990年代に出された本はビジュアルが素敵な本がたくさんあって、
そのセンス際立つ写真をよく眺めていたものです。
お菓子などは試しに作ってみたりしましたが、
軽やかな写真とは違って意外と手の込んだものでした。
残念なことに1980年代に出された本は見たことがありません。
出会うのが少し遅かったですね。
今なら古書で手に入れることができますが、
どうでしょう、どんな気持ちになるでしょうか。
そんな堀井さんの2011年に出た「わくわくを見つけにいく」を
ちょっと読んでみました。
堀井さんがあの眺めの良いマンションから新しいマンションに
引っ越され、ご主人が退職されてからの日々が書かれています。
50代を迎えて新しい生活を始められた堀井さんは、
これまでと変わらず、アンテナをゆるやかに、でも感度よく張っていて、
色々な物や美味しい物との出会いを楽しまれています。
肩肘を張らずに自分らしく生きていく、そんなお手本のような方です。
写真はないけれど、この「ヴァカンスのあとで」は大好きな本の一冊です。
その時代の空気も反映しているかと思いますが、
堀井さんのこだわりのスタイルとプロらしいセンスがじわっと伝わる爽やかな本です。
とはいっても2000年過ぎから出されている本は
あまり手に取ることがありません。
たぶんいつもの素敵な写真が少ないからだと思います。
1990年代に出された本はビジュアルが素敵な本がたくさんあって、
そのセンス際立つ写真をよく眺めていたものです。
お菓子などは試しに作ってみたりしましたが、
軽やかな写真とは違って意外と手の込んだものでした。
残念なことに1980年代に出された本は見たことがありません。
出会うのが少し遅かったですね。
今なら古書で手に入れることができますが、
どうでしょう、どんな気持ちになるでしょうか。
そんな堀井さんの2011年に出た「わくわくを見つけにいく」を
ちょっと読んでみました。
堀井さんがあの眺めの良いマンションから新しいマンションに
引っ越され、ご主人が退職されてからの日々が書かれています。
50代を迎えて新しい生活を始められた堀井さんは、
これまでと変わらず、アンテナをゆるやかに、でも感度よく張っていて、
色々な物や美味しい物との出会いを楽しまれています。
肩肘を張らずに自分らしく生きていく、そんなお手本のような方です。
写真はないけれど、この「ヴァカンスのあとで」は大好きな本の一冊です。
その時代の空気も反映しているかと思いますが、
堀井さんのこだわりのスタイルとプロらしいセンスがじわっと伝わる爽やかな本です。
2012年3月7日水曜日
XEX WESTへ
昨夜はハービスプラザにあるXEX WESTにて会合がありました。
黒薔薇会という名の女子会です。
黒薔薇なんて腹黒い人みたいでやだ、という人がいるのですが、
腹黒くないなんていう人はそんなに潔白だと信じているのでしょうか。
人間なんて卑しいものだと思う人のほうが自然に感じられるですが。
さて、集まりはにぎやかに進み、
食事も美味。とくにお店自慢のピザがすごく美味しく、
追加オーダーまでしてしまいました。
女子会プランにしていたのですが、
量的にはだいぶ控えめで、物足らない人もいたようです。
お酒はフリードリンク制。
白ワインをぐいぐいと、いえ、自分は少量です。
ワインは回りが早いので控えました。
肝心なトークも炸裂、ストレスが溜まっている人はすっきりしたかしら。
お店のムードも夜にぴったりの薄暗い照明で、
ピアノの生演奏と歌もあったり、
サービスも行き届いていて、
なかなかいいお店。
ランチに一度来たことがあったので、
夜にはちょうどいいかなと選んでみました。
ちょっと体調が低下しているところでしたが、
大事な黒薔薇会を抜けるわけにもいかず。
今日は少ししんどい。
身体が重いです。
気をつけないといけません。
またしてもデジカメを忘れてしまいました。
せっかくの雰囲気をお伝えできなくて残念です。
2012年3月4日日曜日
倉島バター
北海道のお土産にリクエストしていた倉島バターをいただきました。
このバターがこれまで食べた中で一番美味しいと思っています。
エシレほどコクはないですが、フレッシュな軽さがあります。
塩分は控えめですが、しっかりとした風味があります。
カルピスバターより深い味があります。
たぶん新鮮であることが大きな決め手だと思うのです。
エシレも本場で食べたらひっくり返るほど美味しいのではと
想像しています。
親戚がいることもあり、北海道は身近に感じる土地です。
北海道には美味しいものがたくさんありますね。
今回のお土産にはバターの他にも、
千秋庵のノースマン(パイ皮にこしあんを詰めたお菓子)
同じく千秋庵の北の街(しっとりとした白あん風味の焼き菓子)
おなじみ六花亭のマルセイバターサンドと、
フローズンストロベリーをホワイトチョコレートでくるんだお菓子と、
大好きなものばかりです。
この2店のお菓子は好きなものがたくさんあって、
いつも選ぶのが難しい。
隠れお土産に小樽のあまとうというお菓子屋さんのマロンコロンがあります。
これは我が家でも幻のお菓子と呼んでいて、
たまに手に入ると大喜びとなります。
なぜか食べ物の話題が続いていますが、
言い訳する必要もなく、読書は進んでおりません。
体調もちょっとした病気にかかってしまって、
安静気味の状態です。
年度末で仕事がだんだん忙しくなっているのですが、
焦ってみても返ってコンディションは悪くなるので、
割り切ってマイペースでやろうと思っています。
段取りをきっちりとしなくては。
2012年3月3日土曜日
清明上河図
岩波書店の「図書」3月号にリービ英雄さんが、
“清明上河図”(せいめいじょうかず)について書かれていました。
この中国を代表する絵画は、
「北京故宮博物院200選」展で展示されていましたが、
残念ながら展覧会は終了してしまいました・・・が、
展覧会のHPでこの絵の詳細を観ることができます。
⇒http://www.kokyu200.jp/midokoro_03/
先日偶然にこのページを開いて、
この絵を拡大してみる遊びを発見しました。
よく見てみるとすごく面白いのです。
横幅5メートルにも及ぶ長ーいこの絵を端から見ていくと・・・
右から野原があって、だんだん家や家畜の姿が見えてきて、
少しずつ人の姿が増えてきて、左にいくほど町の中に入っていくのです。
河があり、船が行き交い、大きな建物があり、
町中にいくほど多様な姿の人々が見えます。
すごく賑わっている様子がうかがえます。
ラクダには気が付かなかったのですが。
そのときには面白半分に眺めていただけでしたが、
リービ英雄さんの900年前の宋の都の絵姿について書かれたエッセイを読み、
もう一度見てみたくなりました。
展覧会に行かれた方も、
行けなかった人も、十分に楽しめるHPですよ。
併せてリービ英雄さんのエッセイも反復しつつ、
再び遊んでみようと思います。
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