2016年5月19日木曜日

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
村上春樹著 文春文庫

村上作品には疎いツキスミですが、
読んでみました。

作風は、リアリティのある読みやすいスタイルです。
ですが、見逃してはいけません。
いつもの虚無が潜んでいます。

タイトルが「色彩を持たない」とあるので、
主人公に存在意義を持たせていないのか?と思ったら、
そうではありませんでした。
「色彩を持たない」ことは全くなく、普通の男性です。
ただ、主人公自身が「色彩を持たない」と、
自意識的に感じているだけです。
逆にすごくよくできた人間です。
まっとうな。

彼は大学時代に「色彩を持っている」友人4人から、
断絶を言い渡され、大変大きなダメージを受けた過去があります。
その事実から抜け出せない部分を持ったまま、
16年の歳月が流れました。

彼はずっと好きだった駅舎に関する仕事に携わり、
精神的には孤独な日々を送っていますが、
つきあうようになった女性から、
16年前の出来事と向き合うように、促されます。
その女性は、手掛かりを彼に授け、
傍から応援するのでした。

「色彩を持っている」友人たちに、再開する主人公。
思いもかけない事実を知ることになります。

もう一歩踏み込むために旅に出る主人公。
これも村上作品には不可欠です。

そして初めての場所、
真実を知る友人との再会、
そこで知る悪夢。
訪れるいたわり。

完全な調和は、
村上作品には与えられません。
対決することが必然なのです。
それが男性的であるかどうかは別にしておきましょう。
そこから新たなスタート位置に立ち、
物語は終わります。

女性の与えられる役割にも、
少々つまらなさを感じないわけにはいきません。
それは男性の幻想としか思えないのでした。
でも、物語というのは、
ある程度、型というのがあって、
収まりがよかったりします。
この物語はそういう意味で読みやすい。

哲学的な小説、との佐藤優さんの意見もあります。
とても観念的な小説と言えるかもしれません。

大学時代に出会った色彩をもった新たな友人とのエピソード、
色彩を持ったピアニストのエピソード、
6本指のエピソード、
これらは宙に浮いてしまった感がありますが、
読み手としてはどのように受け止めればよいでしょうか。

ただ、この世の虚無感を描き出す力は、
この作家ならではの腕だと思われます。
恐ろしいまでの、深い暗闇。

虚無の恐ろしさというと、
ゲド戦記を思い出すのですが、
あのような力こそ感じないものの、
人間が背中合わせに持っている不気味な闇は、
気配を知る者には、
おののかせるに十分なものがあると言えるでしょう。

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