2017年5月4日木曜日

書評、いろいろ

先日、新潮社から松浦寿輝さんの小説「名誉と恍惚」が出版されました。
松浦さんは、学者でもあられますが、
書き手としては、詩人としてスタートされています。
後に手掛けられるようになった小説では芥川賞も受賞し、
また、子供向けと言ってよいような作品もあり、
手ごわい研究書はもちろん、多くの本を発表されています。


その中で、私が読めるのは、エッセイだけ。
和むような親しみのあるエッセイではなく、
このような精神が存在するのかと震撼させられるような、
感覚におちいることが多いです。
それでも、わずかな共通項では、共感できるところがあり、
他の人には見られない透徹した思考に導かれるように、
読んでいる、という感じでしょうか。


小説作品の方は、とても男性的な感覚で書かれており、
暗く、湿った感じが苦手で、
読むことはあきらめています。
そこへ今回の歴史を舞台にした大作です。


どんな本なのか、と新潮社の「波」でストーリーをなぞったり、
あれこれと書評に目をとおしているのですが、
どれも、筋書きを中心とした書評ばかりです。
これでは、あまりよくわからない、と思っていました。
この本の存在意義を知りたかったのです。


そこへ、4月29日(土)の日経新聞の書評欄に、
山城むつみさんが取り上げられていたのを読みますと・・・。
舞台設定の分析、本のポジション、
作家の冒険心を見出し、登場人物の描かれ方を分析し、
この本のポジションと照らし合わせて、
この登場人物たちがどのように描かれているか、
非常に客観的に書かれているのです。


この本の特徴をこれにより知ることで、
自分が読むべきか、否か、判断することができます。


このようにすぐれた書評というのは、
本の意義が伝わるものでなければならない、
のではないでしょうか。


今は本の帯から始まり、色々な形、
ネット上も含めての、色々な場所で、
書評がたくさん存在しますが、
自分が知りたいことをよくよく理解していないと、
辿りつけなかったりします。


もちろん、現物にあたってみるのが一番です。
が、書評を読む醍醐味を味わうのも大切かと思います。


なんて、こんな素人の表面読みの私がいうのは、
はなはだおかしなことであり、失礼なことでもありますが、
少し感じたことを書かせていただきました。

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