「暗いブティック通り」 パトリック・モディアノ著 平岡篤頼訳 白水社
1978年にゴンクール賞を受賞した、モディアノの代表作。
記憶喪失である私立探偵が自分の過去を探し求める話ですが、
モディアノ独特の筆致に読者もどんどんと深みに入り込んでいきます。
過去というものがどういうものか、
モディアノが扱う過去を見ていると、
喪失感、哀しみ、憐み、失望感、
心の底から湧きあがってくる欠乏感に、
苦しみが感じられます。
それらが埋められた文章に身体を寄せると、
自分まで悲しくなってきてしまいました。
モディアノはそれを目的に書いているようには思えない、
それが、また不思議なところです。
フランスでは絶大な人気を誇る作家といいますから、
モディアノの作風に共感できる人々が多くいるということですね。
そんな読者でしかない私には、この作品ならびにモディアノを語る資格が
ありません。
で、松浦寿輝氏の一節をひかせていただきます。
“切り詰められた文体に余韻豊かな味わいを盛り、探偵小説の
趣向を借りながら安易なエンターテイメントの通俗性とは一線を
画す文学空間を創造しつづける。実直なリアリズムに微妙なずれを
導入し、平板な現実を不可解なファンタジーへと変容させる手法を
洗練させてゆく。
・・・
アメリカのオースターや、イタリアのタブッキ、日本の村上春樹などと
どこか共通する作風であるが、それが抽象的な遊戯に終わらない
のは、『1941年。パリの尋ね人』をはじめ、第二次世界大戦中の
ドイツ軍占領下のパリへの歴史的な、また個人的な関心
(ユダヤ系の彼の父は戦時に大きな苦難を体験している)
が彼の作品史に執拗に底流し、彼の文学空間をフランス人の
国民的物語へと接続しているからであろう。”
ノーベル賞受賞時に朝日新聞へ寄稿された文章です。
モディアノの作品のニュアンスをうまく表現できない私は、
この松浦氏の言葉に、そういうことかな・・・と思うしかありませんでした。
私は、過去、記憶という言葉と、それが指す意味を苦手としています。
たぶん、過去と記憶から逃れたいといつも思っているからですが、
モディアノを味わいきれない歯がゆさも同時に感じています。
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