「闇屋になりそこねた哲学者」 木田元著 ちくま文庫
木田さんは中央大学の教授としてハイデッガーの研究を主に、
メルロ=ポンティの翻訳などを手がけられた哲学者です。
文庫や新書にも多くの入門書がありますので、
私もお名前は知ってはおりましたが、
この本を読むまではあまり多くのことは存じませんでした。
これは若い人向けに書かれた本なので、
たいへん親切、そして力のこもった自伝です。
3歳半で家族とともに満州に渡り、
高校入学時に海軍兵学校に入学し、江田島で訓練を受けます。
そこで、海の向こうの広島に原爆が落とされたのを目撃し、
しばらくのち終戦を迎えることになったのです。
当時日本には頼れる親戚が無く、転々とされます。
そこからがすごい。
その際に東京でテキ屋の仕事にもついておられたそうです。
そこで遠い知り合いと出合うことができ、東北へ帰ることに。
しばらくして満州から父上を除く家族が鶴岡に帰国。
家族を養うためにあらゆる仕事に従事されます。
どんどんと仕事に向かう様は、強く、たくましい。
それでも少し休みたいと県立の農業専門学校へ行くことにするのです。
お金も底をつき、万事休すか、というところへ父上が帰国され、
ようやく学生らしき生活ができるようになったようです。
この時期のことを闇屋になりそこねた、とおっしゃっているかと
思いますが、冗談キツイですね。
そのあたりから読書を真剣に始められ、
ドストエフスキー、キルケゴールに出会い、
「ハイデガー研究」を読み、ハイデガーを読むことを考え、
本格的に勉強をしたいと考えられるようになられたそうです。
どうしてそういう考えに至ったか、ということも詳しく書かれています。
当時読まれた本についての記憶も抜群です。
そこから東北大学へ進むための勉強を始められました。
実際に誰のどんな本をどのように読んだのか、
語学はどのように勉強したのか、
誰にどのようなアドバイスをもらったか、
など、具体的な話が書かれていて、とても勉強になります。
ただ読んでいるだけでも、すごい勉強量だと思わされますし、
かなり経ってから、書かれているので、
余裕ある文章で、読みやすい。
東北大学でどのような勉強をし、論文を書き、
中央大学へ行かれてからの話もたっぷりあり、
こんなに薄い本なのに、読み応えがとてもあります。
それと、きっぷが良いことにも驚かされます。
悩まれることがあっても、必ず道を見つけて、
どんどんと進んでいく。
圧倒されるといった方がいいかもしれません。
でも、こういう人がいた、ということが、
とても嬉しかったりして、
他の著作も読んでみたくなるのです。
どんな風に語るひとであったのか、
今となってはわかりませんが、
木田元という人自身に魅力があるのだと、思うのです。
ハイデガーはとても面白い、だけどわからない。
と思い続けられて、カント、ヘーゲル、メルロ=ポンティ、フッサール、
サルトル・・・と哲学書を読みこんで、読んで、書いて、書いて、
いつしかハイデガーがわかった、とご自身で納得されるまで、
ずいぶん時間が必要だったようです。
一緒に辿ると、日本の近代哲学の受け入れ事情が分かるようにも
なっていて、頭はなかなかついていきませんが、
とても面白いのです。
追及の方法もよかったのでしょう、それと人脈です。
いつしか木田さんは独り立ちされているのに気がつきます。
ここまで来るのに、どれだけの努力があったでしょうか。
この本を読むのは簡単ですが、
理解し、お手本にすることも一つの受容であると思われるのでした。
小さくて、大きな内容の本です。
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