2010年8月27日金曜日

「原稿零枚日記」

「原稿零枚日記」 小川洋子著 集英社

しばらく前に小川洋子さんと堀江敏幸さんの公開対談が芦屋で催された時、
堀江さんが小川さんの作品の特徴として
“肌、皮膚、皮膚感覚”を挙げられたのです。

そういえば、小川さんの作品には皮膚感覚に優れた描写が多くあると
ようやく気が付いたのです。

この作品ではその皮膚感覚がさらに研ぎ澄まされて、
五感が微細に敏感に反応しています。
肌で感じ取ったものを具体的に目で確かめ、
足の裏で感じ、情報に耳をすませ、
ゆっくりと丁寧にルーペで覗き込み、
舌で食感を、そして最後に脳内で総合的に味わうのです。
冒頭の9月の日記にはそういう小川さんの特徴が染みとおっています。

読み進めて、この作品の中に潜む“小石”を見つけます。
その部分は読んでいただくとして、
この作品は日記ということですから、
主人公の作家がいろいろな体験やそこから感じたことが、
ひっそりと正直に書かれていることになっています。
体験そのものはささやかな表現で納められているのですが、
主人公の内向的な性格と繊細な心理描写が、
この書き手の独特な嗜好を示しています。
日記に写し取られたその作家の心が、だんだんと姿かたちを取り、
立ち上がってくるのです。

そしていつの間にか読み手は日記の中に取り込まれていくのでした。
読んでいるとなんだか自分の性格や嗜好も変わってしまったような気分になるのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿